遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「つみくる」と「ちみくる」
以前の記事で
指でつねるのを「つみくる」
爪でつねるを「ちみくる」
と説明したが、指と爪の違いだけでなく
(軽く)つまむ感じでつねるのを「つみくる」
力入れてつねるのを「ちみくる」
とも使い分けしてるよなあとはたと気付いたのでここに追加として記載。
要するにというかまとめるとされる側からいって
痛みが軽度のものが「つみくる」・「つみくられる」
がんこ痛いのが「ちみくる」・「ちみくられる」
という区分が出来そうである。
別な言い方をすれば甘噛み並に「ちみくる」というのは凄い技術が要るということになる。もっとも、した方は「つみくった」という気持ちでもされた方が「ちみくられた」と感じれば可能ではあろうが。
遠州弁的言い回し
「なんべん」(何遍)
もちろん共通語であるが。
「なんべん」(何遍)何回・何度と辞書にあるくらいだから遠州弁というものではないのだが、何回・何度と言うよりも何遍を使う方が遠州弁っぽくなるので記載。
「なんべんゆやあ気い済むよを。」訳さば「何度言えば解かるんだ?」
「なんべんゆわさしゃあ気い済むよを。」これを訳さば「何度言わせるつもりなんだよ。」
これを
「何度ゆやあ気い済むよを。」
とすると、完全に頭来てる勢いと映る。「なんべん」を使えばムッとしてるとか呆れてる程度の勢いと伺えられるところが「なんべん」を使う効能であろうか。
「何度も言わせるんじゃないよ。」を「なんべんもゆわすじゃないに。」としてもそういうった勢いの違いは存在する。
つまり語調を柔らかくする効能があるんだろうかな。
例文
「なんべんも来てもらって悪いだけど。今日もいんだよ。」
「いつならいるね。」
「さあ。気の向くままな人だでねえ。」
遠州弁的言い回し
「見てっか」
追加
「見てっか」で「やあ面白そうなのやってるで見てっか。」とかでの「見ていこうよ」という誘いの意を記事にしたが
遠州弁っぽい例だと「見てかっかなあやあ」(なあおい見てこうぜ)。この場合「てっか」ではなく何故か「てかっか」となるが「見ていこう」という「見ていこうよ」より多少強めの誘いの勢いになる効能がある。
それと、そう言えば「見ているか」という意味でも使う「見てっか」というのがあったなあというので追加。別に遠州弁ということでもなかろうが
「ちゃんと見てっか。さぼるじゃないにい。」
訳は「しっかり見ているか?手を抜くんじゃないぞ。」
「見ているのか」だと「見てんのか」もしくは「見てるだか」とかになる。
「見てっか」に似た言い回しとしては「見てるけえ」があり、こちらとの違いは馴れ馴れしさは同じだが「見てるけえ」は「どう具合は、ちゃんと見てるかな」みたいな確認の勢い強めで「見てっか」は「見てるだろうな」といった疑りの勢い強めといった違いが感じられる。
つまり「見てっか」には「ホントに見てるのか?」という思いが含まれてる風に感じ取れるが「見てるけえ」はそういうものは希薄である。
「見てっか」と言われてムッとしがちになるのは馴れ馴れしさということよりも信用されてないと感じるからであろうか。
例文
「やあ、ちゃんと見てっか。」
「見てるじゃん。いちいちゆわんでも見てるっつうに。」
「分からんよを。人が見てないと手え抜きかねんじゃんか。」
(どうだか。人が見てないと手を抜きかねんからなあ。)
「人信用しんだねえ。」
(人を信用しない人だねえ。)
「てめえの実績がそうゆわしてるだあれ。」
遠州弁的言い回し
「しんに」
「誰もそんなことゆってもしんに。」を訳すと「誰もそんな事言ってないだろが。」とかになる。
「しんに」を「しない(の)に」と解釈して「誰もそんな事言ってないのに。」と訳されて陰に籠もりがちな愚痴っぽいつぶやきもしくはぼそぼそ風と思われがちかもだが
実際のニュアンスでは「しないじゃないか」とか「しないだろうが」といった強い反論の勢いであるというのが相応しい。
別な言い回しの「ゆっちゃいんにい」と較べると
「いんにい」は「いないよ」と自分も潔白を訴えてるもしくは自分は関係ないと言ってる勢いが多く含まれ「言ってないからね」といった訳し方になろうか。
「しんに」は誤解・勘違いを否定する(つっぱねる)勢いが強い。
「に」を省いて「ゆってもしん」とした場合には「言ってない」と言い切ってる打消しとなって「に」を付ける事によって反論の意を表すといった勢いになる。
「に」は共通語の「か」また「よ」と同じ効能が窺える。でも「しんに」・「いんに」を「しないよ」・「いないよ」などと直訳するとニュアンスが相応しくなく「しないだろうが」・「いないだろうが」とかにするのがやはり相応しいと思える。
例文
「見たなあ。」
「見ちゃいんにい。知らんでねえ」
「うそばっか。」
「ほんとだって。」
遠州弁的言い回し
「やってみっせえ」
「みっせえ」の記事と重複する内容だが、書いたのはこっちが先で後に詳細ということで「みっせえ」を載せるつもりが間違えた。
全国どこでも使う俗な言い回しだろうが遠州でもそういう言い方はするということで。
「見てみっせえ」、「ほれみっせえ」とか。
私は使わないが「「みっせえ」を「みっしい」と発する使い手も存在する。使わないのでこのふたつのニュアンスの違いはよく分からず自分としては同じだろうと踏んでいるのだが。
違う言い方で
「見てみい」、「ほれみい」とかの「みい」というのもよく使う。
「みい」は「みよ」(みろ)の変だろうなと想像するところだが
「みっせえ」は何が変じたものなんだろうか。「みなせえ」とかかしらん。
だとしたら「みい」は「みよ」でほぼ命令形であるが「みっせえ」は「みなさいな」と促してる感じで語調としては「みっせえ」を使った方が柔らかい物言い(言い方)ということになるのだが。
実際発せられるのを聞くに於いての受ける印象としては、「みっせえ」の方が突き放した感じに聞こえるものである。
「ほれみい」と「ほれみっせえ」で較べてみると
「ほれみい」を訳さば「ほらあ言ったとおりだろ」
「ほれみっせえ」を訳さば「いわんこっちゃない」
といった勢いになろうかと。「みなせえ」という言い方は遠州では聞きなれない。
遠州であまり使わないであろう「みっせえ」の言い回しは
「よく見っせえ」(よく見てみなさいよ)・「聞かっせえ」(聞きなさいな)
とかいった使い方は日常ではほとんどしない。こういう場合には「よく見よ」・「よう見よやあ」・「聞けやあ」・「聞きない」とかになろうか。