遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
基本として静岡県は東部伊豆・駿河・遠州の三つに分けられている。非常に大雑把ではあるが、郵便番号7桁の頭2つで41地域は東部伊豆・42地域は駿河・43地域が遠州と分けることが出来る。因みに三河は44・名古屋は45・46岐阜は50といった具合である。
しかし、言葉でわけると三つでは済まないかもしれない。東部伊豆はほとんど人付き合いがないので全くわからないが、駿河と遠州なら幾分分かるのでそこいら辺りを書きます。
一口に遠州と称しても浜松人からすると、掛川以東は言葉が違うと感じる。掛川は遠州と言うよりもむしろ島田・金谷とかいった方に近いことばのような気がしている。そしてその衆らの言葉は駿河でも静岡市内の言葉とは異なっている。なので、厳密に言うと言葉に関しては、遠州と駿河のあいさにもうひとつの言語圏があると言うことである。東の境はどこまでかは知らないが、西に関しては掛川が境であろう。具体的にどういう言葉かというと、有名人でいうと岸本加代子さんとか(県内のみの有名人かも知れないが)中山儀助さんがおられる。余談だが、岸本さんはテレビで「静岡県人はお茶で医者要らず。」とか言われていて、茶っぱをてんぷらにして食べると言うのを紹介しておられたが、少なくとも浜松では「知らんやー」って感じで食べたこたぁない。(お茶の葉を遠州では茶っぱと呼ぶ)飲む以外では、出し殻の茶っぱをかわかして畳にまいてから掃き掃除すると埃を吸ってくれるからといって昔はよーやってた。何かの匂いが気になるとき脱臭剤として使うというのも昔は、やっていた。
遠州弁の特徴である語尾が上がるというのは集落ごとに微妙な差があるらしく、よく「君は語尾が上がる言い方をするねえ」と注意されたりした。おんなし浜松の衆に言われたので、遠州弁の特徴として語尾が上がるとは一概には言えないのかもしれない。
東の境が袋井辺りだとすると、西の境はどこいらへんになるのだろうか。愛知県の豊橋の衆らとは話してて違和感が無い。岡崎辺りでもそうである。愛知県の東部は三河弁のエリアであるが親近感が湧くのでうどん屋と呼ぶか蕎麦屋と呼ぶかの境ほど明確ではない。ちなみに浜名湖が境となって西がうどん屋、東が蕎麦屋と称する分水嶺であるということらしい。
「おーいどうしたでえ。えらく慌てくさって。まあ一服してきない。」
(如何いたし候や。至極緊迫されておらるる様子。いざ、一服してくつろがん。)
「それどころじゃねーよお。Aの野郎仕事どトロい癖してミスこきゃあがって。そんではあパニクッててホントしょんないだよ。ケツ拭かんとかんもんでもーたまらんにぃ。」
(急ぎ用にて相叶わず。A氏怠慢の上粗相致し、あげく精神錯乱にて混乱中。事後処理に追われ我余裕無し。)
「カニ食ってて仕事しんだか?そりゃ怒れるの!ぶっさぐっても罰ぁあたらんわな。」
(係る事態にても蟹を食すに現をぬかすは不届きなる行為也。憤慨せるも止む無し。)
「だらあ。ほんとやってられんて」
(同意感謝。)
そういいがつら行ってしまうのを見て
(急ぎ立ち行く様見送りたるのち一言)
「洒落も通ぜんくて、一服せんで立腹してった。」
(余裕之無く。彼一服せずに立腹したり。)
例文音声はこちら
駄洒落がよろしいようで。どーもすいません。
遠州弁は使ってる当人に基本「馴れ馴れしい・汚い」という自覚があります。なので普通は、同じ遠州人であっても方言は使ってないつもりで会話をしています。
そういう言葉を「よそいきの言葉」と称することができるのですが、実は本人方言ゼロのつもりでも、モロ方言まるだしらしい・・・です。自覚がないので確定したことは言えませんが、他所にいくと直ぐばれるというか「お里が知れる」らしいです。著名人で例にとれば、「本田宗一郎」さんはべらんめえ調ということで有名でしたが遠州人的に言うと遠州弁が終生直らなかったという感じです。
著名人話しで脱線しますが、こないだネットを徘徊していたら「上戸彩」さんの応援サイトで、上戸さんの縁者の方が浜松におられるという理由でちょくちょく浜松にお越しになられていたということをご自身のラジオでおっしゃっておられたそうな。で、遠州弁に対して好意的な発言をされておられたように読めたのですが、おそらくは「よそいき言葉」ゆえの発言かと想像されます。俗に言うところの「だら・だに・だもんで・ほい・ほれ・やあ」の範疇かと推察されます。まあ確かにそれくらいでしたら可愛いもんですけど。
それに対して「長澤まさみ」さんは磐田できっちし育った遠州人ですから、ときたま気を抜いてポロッと出てしまう遠州弁は「うちうち言葉」が飛び出すときもあり、自分に正直なのも程ほどにと心配してしまうほどです。例をあげれば「いいとこまんじゅう・ちんぷりかある・ひょんきん」などです。「ひょんきん」と共通語の「ひょうきん」は微妙に違いますし、あとのふたつは遠州人しかわからない言葉です。
私が記事に載せているのは、「よそいき」と「うちうち」の区別無く思いついたまんまの未整理な状態ですが、例文に関しては「うちうち言葉」がほとんどですのでその点ご了承願います。
遠方よりお越しの方には、「うちうち言葉」はまず耳にすることはないでしょうけれども、まあ裏には裏があるということで。それに遠州と言っても結構な範囲なので、浜松に生まれ育ってン十年ですが、いろんなHPとかの遠州弁単語集を覗いても聞いた事もない言葉もたくさんありますんで。話半分で見て頂ければありがたいです。決して学術的なものではありません。あくまで言葉遊びの一環です。
静岡県の西部地域を指して遠州と一般的に呼ばれる。
そもそも昔は国名で言うと「遠江」(とおとうみ)の国である。遠州という国名はない。他の地域が大体は国名で呼ばれる事が多いのに、遠江というよりも遠州と呼ばれるほうが地元民も含めて多いのは何故か。実はよく知らない。知ってる人がいたら教えていただきたい。ひとつ確かな事は遠江を普段使う人はいないということである。
遠江と呼ばれるようになったのは浜名湖を遠淡海と表記されたものが変形したものらしいが、遠州と呼ばれる理由はこれまた知らん。中田島砂丘を遠州浜の海岸と呼ぶ事もあるので砂丘がらみでの理由かもしれないがあくまで予測推測憶測の域。
今は浜松が栄えているが古くは磐田に国府があって磐田がこの地域の中心であったらしい。ま、家康さんのご活躍によるものであろう浜松が栄えたのは。
隣接するのは参河(今の三河)と「駿河」(静岡)・飯田を中心とした南信地方(長野県)
昔は長野とも今よりもっと交流が深かったらしいが秋葉街道という道路が青崩峠あたりで寸断され塩の道が閉ざされたままの状態になっていていて、以前ほどは人の行き来は盛んではないらしい。汽車で飯田線が繋がっているが、浜松では佐久間・水窪地区が通過駅で基本三河と飯田との連絡線であろう。言葉についてはあまり交流がある訳ではないので似てるのか異なるのかは不明だら。
水窪(みさくぼ)の衆らは長野側の遠山郷の衆らと毎年綱引きやって県境界線のぶん捕り合戦をしているくらい仲がいいだか悪いだか。(もちろんイベントであって本気で地所取りしてる訳ではない)ただ水窪が浜松市になってから綱引きがまだ継続して行われてるかは不明。
基本三河と遠州はタメ口同士の関係と表現しても違和感がない感覚がある。言葉が近いせいでもあろうかと。それに三河はトヨタで遠州はヤマハ・スズキの城下町という共通性も見受けられる。主君が違うから仲がいいと言うわけではなく、立場が似てるねということである。
駿河との境は大井川を境とされているが、昔と今では川の流れが異なるのである意味厳密ではない可能性があるとかどこぞで読んだ記憶がある。
三河(豊橋とか)や駿河から遠州に仕事などで通勤してる人は大変ではあるが結構おられるが、長野から通ってる人はほとんどいないのではないか。そういう人的交流のエリアである。
早口言葉である。八百屋の方ではなく親の方を使用した。
共通語だと「おアヤや親にお謝り」(おアヤよ、いいですか。親にお謝りなさい)
この意味の方を遠州弁にすると「アヤちゃあやあ。あれでえ親に頭下げんとかんらあ」となる。
ちなみに早口言葉のほうを遠州弁的表現にすると
「あや?や、やあ。親にい、大誤り」
意味は「あれ?おいちょっとお。親に言って、すげえ間違ってるって。」
意味的に凄い強引で苦しいのだが
「あや?や、やあ。親だにい大誤り」とすれば
「あれ?おいちょっとお。親の癖してすげえ間違ってるぞ。」
となるので意味はスムーズになる。したがって
「あやややあおやだにいおおあやまり」
にすると遠州弁の早口言葉として成立する。ただし実際言ってみるとあまり早口言葉として成立してない机上の空論ではあった。発音は説明しようがないので近くの遠州人に聞いてくりょう。(結構発音はむつかしいかも)
蛇足だが「大誤り」は遠州弁だと普通「馬鹿違う」と言っている。