遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
遠州というよりしぞ~か県では「はんぺん」と云えばこれを指す。
だがどうも全国的には通じないらしい。
今更ながらの話しであるがそういえば書いて無かったなと思って記載。
「はんぺん」
しぞ~か県では世間でいうところの「黒はんぺん」を指す。駿河の産物。江戸時代に作られ始めたのではといわれているらしい。遠州でもよく食される。
全国どこにでもあってたまたましぞ~か県は消費量が多いだけなんだろと思ってたくらい非常に当たり前の食べ物である。それだけに「黒はんぺん」は静岡県だけの食べ物だなんて知った時にはちょっと驚きを覚えた。
「黒はんぺん」とはなんぞやというのは他のサイトかなんかで調べて貰うとして
まあ世間でいうところの「はんぺん」=「白はんぺん」は喰いなれていない。余談だが「ちくわぶ」なんぞ全く不明な食べ物で謎でしかなかった。東京発信のテレビにおいてちょくちょくおでんの中の具として見聞きしたがなんなのか長い事謎であった。それが最近になってコンビニという均一という名の地域性を持たない雑貨屋さんのお蔭で幻とじゃなくなったというか謎は解けはしたが、その分地域性は失われつつもあろうか。
骨ごとすりつぶしてあるのでその食感は「はんぺん」というイメージにおいては硬派である。最近はそうでないもの(身だけのもの)もあるみたいだが。
おでんの具として欠かせないものであるが刺身が如くか表面を焙ってわさびしょうゆをつけて食うというのもよくする食仕方である。天ぷらにして喰らうという方法もあるそうだがそれだったらハムカツの方がいいなあと思うのは時代の違いであろうか。駄菓子屋のおでんのはんぺんでは「かきこ」と「青のり」かけて喰ったな。
どうしてあんな半月上の片方膨らんでる形してるのかは今まで気にもした事無かったが、記事に(説明しようと)してみるとそういえばなんで?と疑問が浮かんだ。
食べる際というより作る工程上においてあの形がベストということと想像されるが、正しい答えが記されてるサイトにはついぞ出っくわさなかったので本当のところは分からない。まあ櫛を刺すには通し易いのは確かではあるわな。
遠州弁における「ばか」。
*とても・大層・凄くという意味。
「ばかでかい」。「ばか痛い」
*やけにという意味。(ただし「ばかに」に限る。やけ=ばかという事では無い。)
「ばかに今日機嫌いいじゃん。どぉしたよを。」もしくは「今日ばか機嫌いいじゃんどぉしたよを。」
「馬鹿正直」だと素直すぎるということであるが「ばかに正直」だとやけに正直ということになる。
*感覚が無くなる・麻痺するという意味
「寒過ぎて手がばかになってきた。」
*駄目になる・使えなくなる(用途を為さなくなる)・壊れる(壊れた)という意味。
「ねじ締め過ぎてばかんなった。」
物に対して使うもので人に対しては使わない。って、「頭使い過ぎてばかんなった」と言ったらこういう意味になるかあ。でも麻痺ともとれるからいいのか。まあ微妙ではあるがとにかく物に対してのみ使うのが基本である。
*相手の注意をこちらに向けさせようと訴えてるだけで言葉そのものには意味のない感嘆詞。
「やあばかっつら、なにやってるだあ。」
*失敗した・ミスを犯した・しでかしたという意味。「やった」・「こいた」・「見た」とかがよく次に続く。
「やあ、ばかやっちゃってえ。駄目でえ作り直しでえ。」
共通語的には「馬鹿を見る」は「損をする」という意味であろうが遠州弁は「ばかみちゃった」は失敗したという意味でも使われるものである。自分の過ちに対して発せられるものであり他人に対しては次の意味となる。
*やめろ・するなという急ぎの制止の意味。
「あっばかっ、なにやってるよう。」
過ちを犯したとかこちらの意図と違うよかいうような場合での緊急を要する制止の意であって、咎めているニュアンスはまだこの時点では「ばか」には含まれてはいない。他の言い方としては「ちょう」・「ちょっとを」とかがある。
*馬鹿という意味。
これは共通語と同じだと思ってる。が、あまりこういう意味では使われてない気がする。「馬鹿にする」はよく使われるが。
「すぐそうやって馬鹿にするう。」
*ちなみに勘違いということでいえば「ちっとばか」での「ばか」
これは「ばかり」・「ばかし」の略されたもので「馬鹿」ではない。
なんかまだ他にもあるような気がするのだが改めてとなると浮かんでこない。なので以上で全てというものではないのであしからず。
これらをひとつの文章に組み込んでみると
「やあばかっつら、ばかにばか冷たくて手えばかんなっただか知らんが力の加減出来んくてネジ締め過ぎてばかんなっちゃってえ。やいやいばかやっちゃってえ。失敗こいた。」
(うわあ!なんだよ。やけに凄く冷たくて手がかじかんだのか知らないけど力の加減が出来なくてネジを締め過ぎてネジ山なめちゃったよ。あ~あミスったあ、失敗しちゃったあ。)
「ばかじゃん。ばか楽っつって馬鹿にしてるもんで。馬鹿冷たいくらい気が付くらあ。ちゃっちゃと終わらささす性根もかんだよ。」
(間抜けだなあ。すげえ簡単だってなめてるからだよ。手がかじかんでるくらいわかるだろ。サッサと済ませようという考えも駄目だよな。)
「そんなばかばか馬鹿っつわんだっていいじゃん。」
(そんなこれでもかという位ダメ出ししなくてもいいじゃないか。)
例文音声はこちら
追記
「アホ」という意味の「馬鹿」と、「とても」とか「凄く」・「大層」・「相当な」といった意味の「ばか」。理屈からすれば同じものなのかもしれないが、日常使いに於いては意味的にいってもイントネーションに於いても同じものではない。
意味においては特に説明の用はないと思われるが
イントネーションについては「馬鹿」と「ばか」の違いはとにかく聞けば分かる。
「馬鹿」は「ば」を強く発するものであるが(「屁馬鹿にする」とか「小馬鹿にする」とかいった例外もあるが)
「ばか」は基本平坦であり、たまに強調する際に「か」を強く発する。基本の場合、共通語での「馬鹿らしい」という言い方の「ばか」のイントネーションとほぼ同じであろうか。
そういう意味では「ばかやろう」はイントネーションからいくと「大層な野郎」という事になるのだが。まあ「なんて野郎だ」と拡大解釈すればなんとか言い訳が立つか。
それはともかく、なんでもかんでもいつ何時でも「ばか」を連呼する遠州弁はぞんざいだという声も耳にするが、「馬鹿」と「ばか」は同じではなく二種類の「BAKA」が遠州には存在するものであり(まあ、「馬鹿に張り切ってる」とかは共通語だろうからこの意味使いが遠州独特というものでは決してないわけであるが)それが顕著なだけなのである。
「ネジ山んばかんなってる。」これは「馬鹿」である。訳は「ネジ山が潰れている。」。機能しないから「馬鹿」と言っている次第。
「ネジんばか固い。」これは「ばか」である。訳は「ネジが凄く固い。」。
「ばかに寒い」。この場合の「「ばかに」は「やけに」という意味であり「馬鹿」か「ばか」か判断に迷うところだが「ばか」という方に属するのであろうな。
「ばか寒い」。これは「とても寒い。」といってる訳でモロ「ばか」であろう。
「ばかみたく寒い。」。「異様に寒い」と言ってる訳だがここでの「ばか」は感覚的には多分「馬鹿」だろうかなと勘繰る。普通(まとも)じゃないから「馬鹿」を使っているという算段。
蛇足というかちょっと話が変わるが尾張の方辺りは「えらい」・「えりゃあ」が多用されると映る。その度を超えたものが「どえりゃあ」や「ばかえりゃあ」になると思われるのだが、遠州弁で「ばかえらい」は「大層しんどい・疲れる・難儀」とかいった意味になり時として誤解(意味が通じない)事があったりなんかする。
「どえりゃあ」・「どえらあ」・「ばかえりゃあ」を遠州弁に置き換えるとすれば「どがんこ」・「ばかがんこ」とかになろうか。
もう・すでに・最早とかいう意味。遠州弁とは思ってはいないが頻繁に幅広く使う。
ただし「もう一度」を「はあ一度」とかは言わない。
例文(今回は逆)
「最早これまで。」
(はあ駄目でえ。)
「何を申されるか。まだ望みはありますぞ。」
(なにこいとるよお。まだ終わっちゃいんにい。)
「男は散り際が大事。」
(男だであきらめん肝心だらあ。)
「そのような弱音を吐いてどうされます。何卒ご再起を御図り下さい。」
(なにょう寝言こいとるよお。またやり直すだあれ。)
「もう疲れた。許せ!」
(はあやんなった。勘弁しとくりょー。)
例文音声はこちら
「はあ」。溜息をついている訳では無い。「はあ?」と聞き返してる訳でもない。
「はあ先行ったにい。」で「もう先に行ったよ。」と訳す「もう」とか「すでに」という意味である。
この「はあ」、「もう」が「はあ」に変化したにしては似ても似つかぬものでありそれは「すでに」においても同様である。
では元はなんだろと勘繰るに、それは「はや」(早や)が変じたものではなかろうかと。
もっとも「早くも」を「はあくも」と言う事は決してないので合ってるかどうかは微妙なところではあるが。
ややこしいところでは、
「はあなんでえ、やっちゃっただけえ。」(女性だと「はあなによを、やっちゃったあ。」とかになる)
という文章での「はあ」の訳し方。
素直に「もうなんだよ。やっちゃったのかよ。」としてもいいのだがニュアンス的には
「あれまあ、もうやっちゃったのかよ。」
といった感じである。この場合の「はあ」は「すでに」であるからして。
素直に訳した「もうなんだよ。云々」だと驚いてる感が希薄になってしまう。
直に訳したものだと「あれえ、なんでやっちゃっただあ。」と言う方がむしろ近い。直に訳せばいいというものでもない。
次に「はあ」の位置を変えてみる。
「なんでえはあやっちゃっただけえ。」
この場合の訳は「なんだよ、もうやっちゃたのかよ。」で「はあなんでえ」でも「なんでえ、はあ」でも大した違いがない風に思えるところだが意外だという勢いは「はあなんでえ」の方が増している。
いづれにしてもこの場合「はあ」には驚きのニュアンスが「もう」よりも多めに籠もるところが特徴といえばいえるところである。
こういったややこしいのは別にして
「はあ先行くにい。」(もう先に行くよ。)
といった「もう」という意というのが普通の「はあ」である。
なぜ「はあ」を使うかというと、「もう」だとちょっと苛ついてる(せっついてる)勢いを感じる事があり「はあ」はもう決めたからといった宣言・宣告の勢いが増すので状況によって使い分けがなされているのであろう。
「はあだあだあでえ。」
と、関東から浜松に移ってこられた人に言ったら「なにそれ?」といぶかしがられた。
何を言ってるのか一言も理解出来ないそうだ。
そんなじゃ
「腹ん具合だあだあではあしゃあしゃあだもんで便所馬鹿近くてかんわ。」
なんて言っても全く意味通ぜんっちゅうこんだいね。
何より驚いたのは「はあ」(もう・すでに)という言葉が通じないということだ。「だあだあ」はともかくとして。
「はあ」は関西あたりとかでも当然使われてるものだと思ってるから全国的に通じるものだとばかり思っていたのだが。
因みに「はあだあだあでえ。」を訳すと「もう滅茶苦茶だよ。」となり、「腹ん具合だあだあではあしゃあしゃあだもんで便所馬鹿近くてかんわ。」は「お腹の調子がよくなくてもう下痢気味でね。便所がとても近くて駄目なんだ。」となる。
古い日本語の「早や」が変化して「はあ」となったとも勘繰れるのでどこでも通じると思ってたんだけどね。意外や意外で「はああきれかあってものん言えんわあ。」(もうあきれ返って物も言えない)状態である。知らぬは地元ばかりなりってか。「石炭をばはや積みはてつ・・・」だと「石炭がはあ積まったもんでえ・・・」という風になる。
ちなみに、辞書で調べた「はあ」の意味は受け答えの相槌・驚き感心の気持ちを表わす・聞き返す気持ちを表わす・納得のいった気持ちを表わす(はあそうですか)とか(はあ?)といった相槌・合いの手的使い方で遠州弁の「はあ」の使い方は記載されていない。
例文
「おっとさ はあ 出た?」
(旦那さんはもう出発した?)
「はあ とっくだにい。」
(もうとっくに出てったよ。)
「やいやい。後でどんじかられるなあこりゃ。」
(あ~あ。こりゃ後で物凄く怒られるなあ。)
「ぶつくさこいてんでちゃっと行きない。寄り道してるかもしれんで追いつけるかもしれんじゃん。」
(ぶつぶつ言ってないで直ぐ行きなよ。寄り道してるかもしれないからまだ追いつけるかもしれないんだから。)
例文音声はこちら
「ばかっつら」は漢字にすると「馬鹿っ面」と書き表せそうである。
訳に於いては「馬鹿野郎」であろうと以前説明したような記憶であるが。
ニュアンス的にいくと「ばかもの」の方が近いのかもと思って追加記載。(それか「ばかたれ」。)
もっとも、実際には注意喚起として使われることがほとんどであるが。
「馬鹿野郎」でも決して間違ってはいない筈だが、「馬鹿野郎」だとともすれば喧嘩売ってるとも取れなくもないというところが「ばかっつら」とは違うところなのである。
これが「ばかもん」だと年寄りが若造に怒ってるという勢いになるので「ばかっつら」のニュアンスからは遠くなる。
「ばかっつら」は女性も発すものであり女性に対しても発すものであるので、「野郎」としてしまうと遠州の女性はなんて野生化してるんだと思われかねないという点もある。(まあ「ばかもの」でも十分粗野っぽくはあるが)
「ばかっつら」は主に「やめなさい」(制止)を意図するものであり、軽度のものは「よしなよ」・即応を求める(緊急性のある)ものは「ばかっ」もしくは「やあ」(女性は「おい」)。決して対決姿勢を表わすものではなく、その点が「馬鹿野郎」とは少し違うところである。
「馬鹿野郎」のニュアンスに近いのは「やあなにやってるだあ」・「やあなんだあ」(女性なら「おいなにやってるよを」・「おいなによを」)で、これだと喧嘩売ってると思われても致し方ない言い方である。
以上が相手に対して放つ「ばかっつら」で、これ以外にほぼ独り言(誰に向かって言うわけでもないが口に出るもの)での使い方がある。
独り言系の「ばかっつら」は「こんちくしょう」といった感じであろうか。何かに対して腹立たしさを覚えているというものである。注意点としては物に当たるような場合には「くっそお」とか「ど頭きた」とかの独り言を使う事が多く「ばかっつら」は人に当たるもので物に当たる際には発しないものである(まあ決めつけはできないが)。
で、話しががんこ飛ぶが、超ぶっ飛んだ考え方(冗談)として
「ばかっつら」の「っつら」は「面」ではなくて「~だろう」という意味の「っつら」というとこから来ていると勘繰るという案。
この理屈で「ばかっつら」を訳すと「馬鹿だろう(お前)」と訳せそう。
「やあばかっつら。なにやってるだあ。」だと「おいお前馬鹿じゃないのか、なにやってるんだよ。」と訳すことになる。
特に違和感が湧かない。しかしまあ
「ちゃんとやれよ、ばかっつら。」だと意味が通らなくなるから「馬鹿野郎」や「ばかもの」に比べたら説得力は無いし言い出しっぺ自身も嘘っぽいと思うところ。
まともな考え方をすればやはり「馬鹿っ面」であろうな。
注意喚起という意味使いにおいて「馬鹿たれ」という言い方しないわけではないが「ばかっつら」・「ばかっつう」という言い方をする事の方が遠州弁としてはやはり多かろう。
遠州弁では「馬鹿ちん」という言い方はまずしない。「たあけ」・「あほ」も勿論の事使わない。
なんか古っぽい日本語であって方言というものではないように思えるのだが一応記載。
「はしくりまわる」。漢字にすると「走刳り回る」か?「繰る」かもしれないがよく分からない。
訳さば「駆けずり回る」・「はしゃぎまわる」
「忙しくてはしくりまわる」なら「駆けずり回る」
「物珍しいだか子供喜んじゃってはしくりまわってる」なら「はしゃぎまわる」
基本喜ばしい状況に無い事を表わしている。露骨に言えば「迷惑・うっとおしい」などという意識を表わしている。
他の言い方での「つれくれまわす」(連れくれ回す)や「いじくりたおす」(弄くり倒す)・「こねくりまわす」(捏ねくり回す)などというのと同じ傾向の言い回しなのであろう。
「ちみる」(つねる)に「くる」を付ければ「ちみくる」・「くり」であれば「ちみくり」となるという屁理屈か。
方言というものではないように感じられるが共通語か?となると微妙な感じはそこはかとなく漂ったりもする。まあ、方言ではないが多用の頻度においては遠州弁は半端無いという点は特徴ではあろうかな。
「くれ」で過度に~させる。「くり」で過度に~する。
「駆けくりまわる」という言い方はしない。「はしゃぐりまわる」という言い方もしない。「走り回る」という意味。男女兼用の言葉。遠州弁特有かどうかは定かではない。
ちなみに「はしくりまわす」という表現はなく走らせると言いたい場合には「はしくりまわさす」という言い方になる。
人に向けて言うと迷惑・うっとおしいというニュアンスがこもることが多く、自分の事を言うと無駄骨・結果無意味とかいうニュアンスを含むことが多い。
「はしくりまわってこれかよ。」ってな具合で。
こういう表現の一例は「いじくりまわす」・「つれくれまわす」とかがあり結構多様でありニュアンスもそれぞれ異なり奥が深い表現である。
例文1
「やあ。家ん中はしくりまわってんで外行って遊んできい。」
(もう。家の中ではしゃいでないで外に出て遊んできなよ。)
「やあだよ。暑くて死ぬわ。」
(厭だよ。暑くて死んじゃう。)
「ホント最近の子はやごいだかしらんがエアコンないとかんだなあやあ。」
(本当に最近の子供は軟弱というかエアコンがないと暮らしていけないんだなあ。)
「ふんなこんゆったって外出て倒れたらどうしてくれるよを。」
(そんなこと言ったって外に出て倒れたらどうしてくれるよ。)
「死にゃせんでええよっつえれんのがありそうで怖いなあやあ。」
(死ぬようなことはないよって言えれないことが本当にありえそうで怖いよな。)
例文2
「一日中はしくりまわってこれかよ。」
「まあ、こんなもんだら。」
「もっと楽にでける方法ないだかやあ。」
「ねえの。」
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