遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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どうしようかなと言う意味。「どうせっかな」も同じ。「どうしすかな」が短縮されて「どうしっかな」になったと思われる。基本男言葉で女性も使う共用の言い方だと「どうしっかね・どうしっかや」とかがある。
どちらにしようかなと言う場合には「どっちにしっかな」勝負しようかなだと「勝負しっかな」とかになる。
「どうせっかな」と「どうしっかな」の細かい違いを「せす」・「しす」の違いで説明すると(文法上のことではなく具体的な使い方)
「どうせすかな」はどうしなければいけないのかな・どうしたらいいのかなといったどう行動すべきかという決意のこもったニュアンスのような言い方に聞こえ若干重め。
「どうせすかなあ」となると期待をわざと持たせる・もったいぶった的なニュアンスになる。
「どうしすかな」はどうしようかなといったシンプルに決めあぐねている・判断中という言い方に聞こえ気持ち的な重さは感じられない。
まあ遠州弁での「し」と「せ」の使い分けの問題なのでこの言葉に限った話ではないが。ここまで馬鹿なこと考えて使い分けてしゃべる奴は現実的にはいない。
ただ「し」より「せ」の方が言い手の意思が強いのは間違いないと思われる。「しろ」(しなさい)より「せろ」(やりなさい)といった感じで。もちろん集落によりそこらへんは異なるであろうが。
例文1
「どっちにしっかな。」
「早くしろやあ。帰れやせんじゃんか。」
「まそおいわすとお。こかあ悩むとこじゃんか。」
「なにょうこいとるだ。こんなのちゃっちゃと決めれんでどうせるよ。」
「どうもしんよ。死にゃあせんもん。」
「日が暮れるっつってんの。帰りの汽車乗れんくなったらあんたのせいだでねえ。」