遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「じゃいいじゃんら」
言いそうであるが言わない。
レベル 若干強引な解釈というものもあるのでレベル外。
「じゃいいじゃんら」
言わないのだが分解した上で訳すと「ならいいじゃないろ」となる。
何故かというと例えば「買い行くら」。訳す場合には「買いに行くだろ」とするのが普通であるが厳密には「ら」=「だろ」ではなく「ら」=「ろ」・「だら」=「だろ」・「「だらあ」=「だろう」であり「買い行くら」は「買いに行くろ」とするのが道理となる次第。
つまり変。
これが「じゃいいじゃないら」だと
「『ならいいよ』じゃねえだろ」となってツッコミ表現として存在するものである。
例文
「今日始まるの30分遅くなるって。」
「まさかその分帰るの30分遅くなるっちゅうじゃないらなあ。」
「それはないみたい。」
「じゃいいじゃん。」
「じゃいいじゃないら、その分いつもより濃くやらんとかんくなるだにい。」
他の言い方としては「よかねえわ」とかがある。
他に言わないのを探すと
「じゃいいじゃんに」
これも言わない。「に」は「よ」と訳せ「じゃいいじゃないよ」(だったらいいんじゃないかよ)といった形に屁理屈の上ではなりそうだが、そういう意味合いの場合には「じゃいいじゃんかよ」と言うので「じゃいいじゃんに」とは言わない。
無論「にい」(よう)としても言わない。
「じゃいいじゃんや」
「や」は「よ」・「やあ」が「よう」と訳せ「じゃいいじゃんよう」(いいじゃないのよう)という言い方が存在するなら「じゃいいじゃんや」があってもおかしくなかろうなのだが、実際言わない。屁理屈上は有り得るからもしかしたらかく発する地域もあるのかもしれないが、自分らのとこでは発することはない。普通は「じゃいいじゃんか」と発するものである。
ややこしい話しだがこれが「じゃあいいじゃんやあ」なら存在する。種明かしは「じゃあいいじゃん」+「やあ」(なあ・よう・おい)というもので喚起(呼びかけ)を意味とする感動詞の「やあ」であって助動詞の「やあ」ではないというところ。
遠州弁的言い回し
「人生と言うだわなんしょえらい限りだにい」
レベル 日常非茶飯事レベル
発音は「いうだわ」であるが以降は「言うだは」と表記する。
「人生と言うだはなんしょえらい限りだにい」
訳すと「人生と言うのはとにかくしんどい限りだよ」。
ここで述べるポイントは「言うだは」。
実際の発音は「ゆうだわ」。
別に「言う」に限ったものではなく、「書くだは」、「やるだは」、「見る」・「する」とかでも使われる。つまり大抵のものとに繋がる。
「是非と書くだはいらんかねえ」(是非にと書くのは余分かなあ)
「今日やるだはよかないらあ。」(今日やるのはよくないだろう。)
訳すに於いては、「だは」=「のは」と置き換えれば済む話しなのでそう難しいものではない。頭で考えると「だというのは」の略された言い方とも勘繰れるところでもある。
使い手は高齢者が多いというのが実際であるが、これは死語化の傾向があって若年層が使わなくなったのか、それともそもそもが年齢の高い人が発すべき言い回しであるのかというのはちと分かりかねるところである。
古語っぽい雰囲気もあるがどうなんしょうね。
例文
「あ、やいやい失敗こいちゃってえ。」
「そうなるのは日頃の行い悪いもんでだにい。」
「そうゆうだはおっとさの受け売りだらあ、ようゆってるもんな。」
「なにゆってるよを、あんたの口癖言い返してるだにい。」
「知いらんやあ。そんなゆうか?わし。」
「くさるけによう聞くわあ。」
遠州弁的言い回し
「まじめに食べんと」
さて、この場合の「まじめ」とは?
レベル やや旧な日常茶飯事レベル
「まじめに食べんと腐らいちゃう。」。
直訳すると「きちんと食べないと腐らせてしまう。」。
貰いもの・買いだめ等により大量の食品を所有することになって、毎食食卓に供して食べていかないと腐らせてしまうという事を言っている。
「まじめに」という言い方でひとつというか「まじめな」とか「まじめの」とかいう使い方はない。意味としては「こまめに」とか「連続的に」とかいうものである。
真摯な気持ちで食べ物に向き合うとかいう意味ではない。
「まじめに牛乳飲まんと背え伸びんにい」とかいう使い方である。
こういう言い方は遠州独特なのかは分からないがネットで検索してもヒットしないので記載とした。
もっともネット辞書引けば
「まじめ」(真面目)①本気である事。真剣である事。また、そのさま。②誠意のこもっていること。誠実であること。また、そのさま。とあって
①の意で「こりゃ本気で食べないと食べきれないねえ」と訳せば特に変わった真面目の使い方ではないことになるのだが(でも遠州弁の「まじめ」は一気という意味ではないんで)、まあとにかく全国的にこういう使い方をするのかどうか。
他の言い方としては「まめに食べんと」という言い方がある。って当たり前すぎるか。でも共通語だと「こまめに食べないと」であろうな。
例文
「これよかったら食べて。うちで作った野菜。」
「あれ、ありがとね。こんなにくれたじゃ、まじめに食べんと腐らいちゃうやあ。」
「今年沢山生ったもんでねえ。迷惑じゃなきゃ食べてやあ。」
「ホントありがとね。嬉しいやあ。」
「喜んでくれりゃあそれでいいだよ。」
無論この後お返しの心配をしなくてはならないので、その喜びの様は複雑なものではあるが。
遠州弁的言い回し
「ほかしつけてよこす」
「ほかしつける」・「はかしなげてよこす」とどう違うのか。
レベル 日常茶飯事レベル
「ほかしつけてよこす」
こちらにむけて投げつけてくるというものであり
「ほかしつける」だと
必ずしもこちらに投げつけてくるものではない。
「つける」という表現には苛立ち・不満・反抗といった意識が籠もってることを表わされている事が多い。無論受け取り手の解釈であり投げつける本人が必ずそう意識してると言い切れるものではない。相手の真意がどうあれされた方は「失礼しちゃうやあ」(失敬な)と思ってることは確かであろうか。
では「ほかしつけてくる」だとどうなるかというと
「どこぞに(物を)投げつけてから来る」というのと「投げつけつつ来る」及び「投げつけてくる」と色々ととれるところとなる。
「ほかし投げてよこす」だと
乱暴に投げてくるというもので投げる行為に苛立ちとか反抗の意図はないものもしくは薄味になる。
「ほかしつけてよこす」は反抗の態度で「ほかしなげてよこす」はぞんざい(乱暴)な態度と区別できなくもない。
「よこす」という言い方は「寄越す」と書けるわけであるが辞書を引くと
「よこす」{遣す(おこす)の変化}他動詞五段活用(物・人をこちらに)渡す(送ってくる)。補助動詞五型、相手の動作によって何かがこちらに到達する意を表す。とある。
遠州弁に於いても辞書にある意味使いの範疇であろうが、訳す際には「~してくる」と訳すことが違和感がない。
「電話してよこす」で「電話してくる」。「ほかし投げてよこす」で「ほかし投げをしてくる」といった具合で。
そういう使い方なので若干辞書にある意味使いとは違いがあるとも言えそう。
「つける」については「いちゃもんをつける」とかいう意味での「つける」であろう。
「投げてよこせ」(こっちに投げろ)とは言うが「つけてよこせ」とは言わない。「つける」という言葉自体にネット辞書とか調べると「寄せる」というニュアンスが含まれているとかで、重複するから言わないといえるし、つけられたい人なぞいないから自ら「つけて」と希望することはないということもあろうか。
「つける」を使うことによってその行為はよろしくない事というのを表わしているということであろう。「つける」をニュアンスで近い共通語に置き換えろと言われると思い浮かばない。
遠州弁的言い回し
以下の言い回しの遠州における表現のニュアンスを説明せよ
「けっこくしてからに」
レベル 普段そうは使われないレベル
「けっこくしてからに」
ニュアンスでいうと「(お~お~)綺麗にしてんじゃないのさ」・「綺麗にしちゃってまあ」などと見直した・感じいったという言い回しである。
若干ひやかし気味な部分もある。馬鹿にしてると聞こえなくもない場合もある。
ニュアンスはかく書き表せるが、屁理屈的に説明するとなるとはてなんじゃらほいという謎っぽい言い回しである。
「けっこく」は「綺麗」・「整っている」という意味で「美しい」というものではない。
「けっこく」+「して」で「綺麗にして」となる。ま、ここまではいいとして問題は「からに」。
辞書を引くと
「からに」{接続助詞}①ただ単にそうしただけでも。「見るからに可愛い」。②「からには」の圧縮表現。「俺たちゃ町には住めないからに」。とある。
どこにも「~してんじゃないのさ」みたいな意味は無い。
古語辞典を引くと
「からに」{接続助詞}組成、格助詞「から」に、接続助詞「に」のついたもの。①軽い原因が重い結果を生じる意を表す。・・・だけのためで。・・・のだけで。②二つの動作・状態が同時に相続いて生じる意を表す。・・・するとともに。・・・するやいなや。③動作・作用の生ずるもとを表わす。原因・理由。・・・のゆえに。・・・によって。・・・のために。④逆接の仮定条件を表わす。たとえ・・・だとしても。・・・したところで。とある。
直にこれだという意はないが、強引に持っていけば④の「~したところで」で「綺麗にしたところでおめえの評価は変わんねえよ。」と暗に言ってると解釈すれば繋がらないくもない。そういうニュアンスがあるから「ひやかし」という要素が感じられると考えられなくもない。
しかし基本は微細ながらも褒めてる訳でやはり当たらずと云えども遠からずというものであろう。
辞書等では説明がつかないので勝手に勘繰ってみる。
「からに」は「から」+「に」というものであることを捉えてみると「に」は「よ」と遠州弁では訳せるところから「からよ」としてもいいという事になる。「からよ」にしたところで答えは出ないが。
問題は「から」で、これが説明がつかない。
そこで考え方を変えて「から」ではなく「してから」としたらどうなるか。
ネット調べると「大阪弁」で、「てから」・「てからに」(言うといてからに)というのがあった。訳は「て」・「たりして」とある。
これと同じと考えると「けっこくしてからに」は「綺麗にしてたりして」と訳せ、ナンチャッテ(いつもと違うじゃないか)と暗に言ってる(ツッコミいれてる)という部分と一応褒めてる部分の両方が有る点が共通することになる。
そうなるとこの言い回しは大阪より伝わったものと考えられるところとなる。
ちなみに遠州弁で日常「してからに」という言いまわしをするのはこの「けっこく」くらいしかすぐには思いつかず普段使いで頻繁に出るものではない。
頭で考えると逆の「汚してからに」とかひねり出るが。こちらは二通りの意味使いが考えられ「汚しやがって」と迷惑な限りといった頭に来ちゃうという勢いが強く「けっこく」の時とはニュアンスが随分違うものとなる。もうひとつは、じじばばが孫に発したりすると「お~お~こんなに汚してえ、沢山遊んだねえ」みたいな元気を喜ぶというニュアンスで使われる。
他ひねり出すと「燃やしてからに」。これだと「燃やしといて何言ってんだよ」とか「燃やしちゃってどうしてくれるんだよ」いう反論・反抗っぽい勢いとなる。こちらは燃やした事を褒めるとか喜ぶとかいうニュアンスで使われることはない。
「燃やす」でも「汚す」でも「「燃やしたりして」・「汚したりして」と訳せば無理が感じられない。
ちなみに「言ってからに」とか「やってからに」とかは辞書の②の「からには」の略した使い方という勢いが大でありここで挙げている「けっこくしてからに」とは若干ニュアンスが異なる。
とまあ頭でひねればいくつか出てくるがそれぞれ微妙に意味使いが異なる。しかもひねらないと出てこないので普段使いの表現ではないのだろうな。「けっこくしてからに」以外は。
結論とまではいえないが、辞書からでは屁理屈捻り出せず、関西の言い回しが遠州に伝播されたと考えるのが一番スムーズな感じがする。もっとも関西でのニュアンスが如何なるものかは定かではないが。
例文
「お~!今日の服どうしたでえ。えらいけっこくしてからに。」
「しょんないじゃん。出張だもんでえ。ぶしょったいなりじゃ恥ずかしいし相手に失礼あっちゃかんし。」
「じゃなによを、普段は失礼あってもいいだか?」
「勘弁しとくりょう。そうゆう問題じゃありもしんに。」