遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「でえ」
あまり褒められたものではない言い方
レベル 日常茶飯事レベル
語尾につく「でえ」。訳さば「ので」とかいったものになろうか。「なんでえ」で「なので」といった具合。
聞こえる感じだととても舐めた物言いもしくは歯切れの悪い印象を与える。
つまりあまりいい印象は与えないものである。が、遠州人はこれを多用する傾向が強い。
「そういうもんでえ」とかなら「そういうものだよ」となってまあ許容範囲内であるが
「買いに行くもんでえ」とかになるとそれで終いかい、で、だからなんだよってつい思えてしまったりもする。しかも連呼となると苛々が募る。
「今日は晴れたもんでえこうちゃんと買い物行く事んなったもんでえわりいだけえが行けんくなったもんでえ。だでごめんだに。」
これが目くそ鼻くそ状態であるが浜松からしたら掛川方面の「けえが」の方がよっぽどだからなんだはっきし言えやと思えたりなんかする。掛川方面に衆らからしてみれば浜松の「でえ」にはっきし言えやと思ってることだろう。
共通語を駆使する地域からみたらどっちもどっちであるのであろうが。
いずれにせよ、あまり頻繁に使わないように心掛けることが肝要かと思える言い回しであろう。
遠州弁的言い回し
「ぶしょったい」・「こぶしょったい」・「どぶしょったい」
これらはどう違うか。
レベル 日常茶飯事レベル
必ずこうなるのだという事では決してないのだが傾向としてこういう使い分けがある。
例えば着ている服を見て
「ぶしょったい」は「見苦しい」と感想(印象)を述べている。
「こぶしょったい」は憤り気味に「センスが無い」(ダサい)・「無頓着にも程がある」。
「どぶしょったい」は「恥ずかしい」というか「恥を知れ」。
「ばかぶしょったい」は呆れ気味に「センスが無い」・「無頓着過ぎる」。
「えらいぶしょったい」感情とは別な感想(醒めた感じで)「ダメだこりゃ」・「駄目じゃん」。
「がんこぶしょったい」は見捨て・見放し気味にで「それはそれは大層見苦しい」。
服とかの場合は組み合わせや着方に対してで汚れていることを指す訳ではない。汚れの場合は「汚い・こきたない」とかを使う。
次に今度は例えば車が汚れている様を見て
「ぶしょったい」と発せば「洗ったほうがいいんじゃないの?」と促している。
「こぶしょったい」と発せば「洗えよないい加減。」と注意してる。
「どぶしょったい」と発せば「よくこんなで平気でいられるなあ。」となじっている。
「ばかぶしょったい」と発せば「よくこんなで平気だなあ。」と呆れてる。
「えらいぶしょったい」と発せば「洗うなりどうにかしろよ。」と改善を求めている。
「がんこぶしょったい」と発せば「洗う気あるのか?お前。」といったようなこいつ大丈夫か?一般常識あるのか?と疑ってる。
話し飛ぶが
「汚い」→「汚ならしい」という言い方はあるが
「ぶしょい」→「ぶしょたらしい」という言い方は無い。
「こきたない」・「どぎたない」→「こきたならしい」・「どぎたならしい」という言い方も無い。
遠州弁的言い回し
「ほれ、見してみっ」
レベル 日常茶飯事レベル
まあおそらくは遠州弁ではなく広い地域で使われてる言い回しであろうがもしかしたらという事もあるので記載。俗語であり、当たり前すぎて説明に必要もないからどの地域の方言も紹介してないだけなんだろうな。
バリエーションとしては
「ほれ、見してみい」
「ほれ、見してみ」
「ほれ、見してみな」
「ほれ、見してみよ」
とかの部類に入る「してみっ」という言い方。
これらはどう違いがあるのかというと
「見してみ」を基準とすると「見せてごらん」
「見してみい」では「見せてみなよ」
「見してみな」は「見せてみなさいよ」
「見してみよ」は「見せろ」・「見せなさい」
遠州独特な言い回しかは定かではないが
「見してみっ」だと「(ほらあ)見せてみなよ」・「見させて」(「見せて」と「見せろ」の中間的な言い方)
他の言い方では
「見てみっ」(見てみな)・「やってみっ」(やってみなよ)・「ゆってみっ」(言ってみな)
といった具合で「してみっ」=「してみなよ」といった感じになる。「み」を強調する言い方とも考えられるところでもある。
「してみい」も「してみなよ」と訳せるところであるがニュアンスとしては命令・指示の強弱でいうと「してみっ」>「してみい」という勢いになる。
「へ~珍しいじゃん。見してみい。」だと「勘弁してやあ。」とかやんわりながら断っても相手は「けち。」とか言いながらも引いてくれることがあり、「やだよ。」みたいにきっぱり断った場合でも「なんでえいいじゃん。」とかで角の立ち方は少な目である。
「へ~珍しいじゃん。見してみっ。」だと「勘弁してやあ。」とかだと断った内に入らず単に渋ってると思われ「ちっとばかいいじゃん」と粘られる。「やなこった。」とかきっぱり断ると「なんでえどケチ」とか捨て台詞吐かれたりなど角の立ち方は大きいものに成り易い。
まあ若干誇張気味な違いの説明であるが「してみい」よりも強制力を増す効能が「してみっ」にはあることは確かであろう。
ちなみに基準とした「してみ」と較べると「してみっ」>「してみ」>「してみい」という感じであろうか。「い」は希望・要望を表わすもので軽い命令というものではなさそうに思えるところである。
バリエーションとしてこの他の言い方はというと、あまり使われるものではないが
「見してみれ」
「見してみそ」
「見してみせ」
とかがある。が、いずれもほとんどおちゃらけに聞こえるところである。
遠州弁的言い回し
「だらね」
これだけで成立する言い回し。
レベル 日常茶飯事レベル
「だらね」。
直訳すれば「だろね」。ニュアンスで大雑把に訳さば「だね」。
関西とかだと「せやね」、関東なら「そだね」といったところか。
「だらね」を単独で使った場合のニュアンスはほぼ断定(決めつけ)に近い言い回しでありニュアンスから訳を考えると「俺もそう思う」・「俺も納得」といった感じである。単独ではなく「そうだらね」・「見ただらね」とかになると「そうだろね」・「見たんだろうね」といった推測が多めとなる使い方となる。
「だらな」は「だろうな」といった推量(憶測)の余地がより多くあるという言い回し。ただし「ら」=「ろ」・「らあ」=「ろう」という理屈であるので細かく訳すと「だらな」=「だろな」となる。こちらは単独・単独でなくとも意味使いに違いはない。
他には「だいね」。これは「だよね」。注意点としては「今日は晴れだいね」は「今日は晴れだよね」という事であり「今日は晴れだよね?」と問いかけてる訳では無い。
「だいな」は「だよな」。こちらも尋ねるとかいう要素はない。「ね」も「な」も「だよ」を強調する意味合いのものであろうか。
「だあね」だと「のさ」・「ということだ」。「あんた買い行くだあね」(あなたが買いに行くということさ)。
「だあれ」は「だあね」をより決めつけ・押し付け度合いを増した言い方。
例文
A「Cの野郎いやせんじゃん。あいつ絶対遊びたいもんで当番逃げただにい。」
(Cの奴居ないじゃないか。あいつ遊びたいから当番を逃げたんだよきっと。)
B「だらね。」
(だね。)
A「遊ぶにしたって人にゆえんようなこんだにきっと。」
(遊ぶにしても人には言えない様な事だぜきっと。)
B「だらな。」
(だろうな。)
C「やあばかっつら。人の居んとこで随分な事ゆってくれるじゃん。便所行っただけでなんでそんなありもしん事ゆわれにゃかんだあ。」
(おいちょっと待てよ。人のいないところでえらい言われようだなあ。便所行っただけでどうしてそんなありもしない事で文句言われなきゃいけないんだ?)
B「そりゃそうさ。日頃の行い悪いもんでだあれ。」
(そりゃあそうさ。日頃の行いが悪いからだよ。)
A「誤解解きたいならまじめに当番やるだいね。」
(誤解を解きたいのなら真面目に当番をやるんだな。)
遠州弁的言い回し
「やっちゃあしたもんで」
さてなんと言っている?
レベル やや古めの日常レベル
「やっちゃあしたもんで」
訳さば「やったりなんかしたもんで」。
「起きちゃあしたもんで」だと「起きたりなんかしたものだから」とかいった感じになる。
「急に起きちゃあしたもんで頭血い行かんくてくらくらするだよ。」
(いきなり起きたりなんかするもんだから頭に血が回らなくて眩暈がするんだよ。)
大雑把にいうと「ちゃあしたもんでだよ」で「だからそうなるんだ」と言っている事になる。
「見ちゃあしたもんでだに」で「見たりなんかするからだよ」
「見ちゃあしたもんで撥当たっただよ」(見たりなんかするから撥が当たるんだ。)
江戸風だと「ってなもんで」か?
「見たってなもんで」
ん~、なんか微妙に違うな。
例文
「余計なこと言うとややこしくなるだで言わにゃあいいだに、それん無神経に言っちゃあしたもんでホントばかややこしくなってはあぱっぱらぱあでえ。」
(余分な事言えば話がこじれるから言わなきゃいいのに、それを無神経に言ったりなんかしたものだからやっぱり凄いこんがらがってもうしっちゃかめっちゃかになっちゃってどうしようもない。)
「あいつぁホントしょんねえな。自覚してんだか。」
(あいつは本当にしょうがない奴だなあ。自覚がないのか?)
「あったらゆわんらあ普通。」
(あれば普通は言わないだろ。)