遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「くりょ」と「くりょう」の違い
レベル 日常茶飯事レベル
「持ってってくりょ」と「持ってってくりょう」だとその違いは
「とっとと持ってって」と「持っていってくれよ」といった違いであろうか。
「やあ、なんしょええでちゃっちゃとやっとくりょ。」
「やあ、なんしょええでちゃっちゃとやっとくりょう。」
とでは極端に訳すと
「おい、とにかくいいからとっととやってくれや。」
「まあ、とにかくいいからとっととやってくれよ。」
といった勢いの違いになる。
このように強めに言う場合は「くりょ」でやさしめに言いたい場合には「くりょう」をといった使い分けがある。もっともやさしめといってもあくまで指示・要請といったものであり依頼・要望といった程には柔らかくはならないが。
勝手に思ってるのだが、「くりょー」といった長音化したものではなく「くりょ」+「う」という助動詞特殊型の「う」であろう。辞書引いての「えん曲表現を表わす。例『それで好かろう』。」という意の「う」だと思うところ。
音においては「う」ではなく「くりょお」と「お」と発することが多い。
例文
「おい、これでいいだか見とくりょ。」
「なにえらそうこいてるよを。あんたわしに教わってる身分だにい。」
「まあそういわすと見とくりょうやあ。」
「しょんねえなあ・・・・・。ま、いいんじゃない?」
遠州弁的言い回し
ねえる・ねえった
「ねえる」・「ねえった」。
これは「寝入る」・「寝入った」の「い」が「え」に変じた言い回しといえそうである。だからであろう「ねえいる」という言い方はしないし「ねえいった」だと「寝に行った」と判読される。
寝入るを辞書ひくと
自動詞五段活用、①深く眠って、少々の刺激では目を覚まさない状態になる。②商売の活気が無くなったり、俳優の演技などが人気を失ったりなどする。とある。
②の意は置いといて①の意は「寝付く」・「寝る」とどう違うのか
「寝付く」自動詞五段活用、①{床に入った人が}睡眠の状態に入る。②病気になって床に就く。
「寝る」自動詞下一段活用、①横になって休む。また、眠る。②商品や資金が動かない状態にある。③麹がよく出来た状態になる。④{柔道で}寝技をしかける。
とある。
遠州弁での「ねえる」は寝付くと寝入るの双方の意味使いで使われいそうな感じがする。ただし「起こすじゃない」といったそっとしとけという意味合いが付加されてる勢いがあるように見受けられる。
横になった・休んでるくらいでは「ねえる」とは言わず共通語と同様「ねる」もしくは「しんでる」と言う。
例文
「ちびは はあ寝ただ?」
「ぐっすりこんでえ。よう寝えってる。」
「明日の運動会で使うで新しいの欲しいっつってた運動靴買ってきただあ、ほんじゃあ起こいちゃかんなあ。」
「明日起きてからにすりゃいいじゃん。」
「あいつ寝ぼすけだで、起きたばっかじゃ有り難味が伝わらんだいね。」
「そりゃあ あんたも同じだでねえ。寝ぼけ同士じゃしまらんもんねえ。」
遠州弁的言い回し
「おもぼったい」
という言葉は遠州弁には無いだろうな。
個人的意見
「おもぼったい」という言い回し。
「重い」と「そこはかとなく」・「なんとなく」といった意味の「ぼったい」が合体して「おもぼったい」(なんとなく重い)という言い方は聞いたことが無い。ありそうな感じはするがあくまで感じであって無い言い回しと思える。
近い音の言葉では「おもはぼったい」(面映ゆい+ぼったい)というのは確かに有るが。
「ぼったい」でなしに「ったい」(例「いやったい」とか「ぶしょったい」)にして「おもったい」という言い方にしてもおそらく無いような気がする(もしかしたらあるかもしれないが)。
「重い」ではなく「想い」・「思い」であったら尚の事意味が分からなくなる。
ここは普通に「重い」→「重たい」であろう。「なんとなく重い」だったら「なんか重たい」・「なんかしら重たい」・「重たく感じる」とか言うであろうかな。
逆に「軽い」で「かるぼったい」という言い方はと考えると、不思議だがなんか有り得そうな気がする。「かるったい」というのもしかり。
例えば「えらくかるぼったいけど中入ってるのけ?」(大層軽くっぽく感じるけど中味入ってるの?これ。)。「かるぼったい」を「かるったい」に変えても可。ただし訳は「えらくかるったいけど」(意外に軽いけど)とかいうものになる。
「重い」にはないが「軽い」には「ぼったい」・「ったい」表現があるというのはなんでだろとは思う。
遠州弁的言い回し
おこれてくる
補足記事
「おこれてくる」は「ら」抜き言葉ではない。
もし「ら」を入れて「おこられてくる」としたら叱責を受けてくるという意味でまったく別物となる。
共通語を基準に遠州弁を見ると「見れる」は「見られる」だろうと云った風に「ら」抜き言葉と思われるようだが、「ら」を無理に入れたら成立しない言い回しが存在するものである。
もっとも「怒れる獅子」といったように「いかれる」とすれば共通語なのだからして高らかに遠州弁には独特(共通語とは異なる)の理屈が存在すると言い放つことは出来ないが、「おこれた」(むかついた)を「いかれた」とは共通語では言わないであろうからして微妙に違うようだと思えてくる。
遠州弁的言い回し
「かんこん」
例「しにゃかんこん」
レベル 日常茶飯事レベル
「かんこん」。「かん」(いかん)と「こん」(こと)の合わせ技である。「いけないこと」ということであるがこれだけで使われるというものではない。
「かんこん。それは盗む事。」とかいう使い方はしないということ。
実際の使い方例を挙げれば
「しにゃかんこん」。訳せば「しなければいけないこと」
「かん」は「いかん」の略されたもので「いけない」という意味。
「こん」は「こと」(事)の変じたものである。
「冠婚でいかんこんってあるだ?」とかいうオヤジギャグも湧く。
「いけない」という言い方は「かん」(いかぬ)を使うが多く、「ならん」(ならぬ)という言い方例えば「いけん」などは遠州では少な目である。
他には「言ってはならないこと」を「いっちゃならんこん」とは言わず「ゆっちゃかんこん」と言う事の方が多いなどといった風にである。
例文
「会議出る前に各自ゆわにゃかんこんおさらいしといてよ。」
「なにゆうだったっけか。」
「きのう資料渡したらあ。そこんさあに書いてあるだで。」
「きんのうなにしてたっけやあ。そうだ外出てていんかったたわ。だもんでもらっちゃいんよを。」
「じゃ、あんたいんでもいいだわあ。割り振り昨日決めただで。」
「なんかラッキー。」
「その分次のは まるさらゆってもらうで。」
「そりゃ随分だらあ。」