遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「知らない」の幾つかある言い方
レベル 日常茶飯事
「知らない」の言い方は遠州弁には幾つかある。細かいものは別記事を参照していただくとしてここでは主なものを較べてみる。
「知らん」。知らぬ存ぜぬみたいな冷たく突き放す勢い。
「知らん知らん」となれば「知らぬ存ぜぬ一転張り聞く耳持たず」という事。って共通語もそうだよな確か。
「知らんやあ」。さあどうかなあといった私を巻き込むな・私は関わりあいないという勢い。
「知らんでねえ」。訳すと「知らないからね」で念を押すが私は知らないという勢い。
「知らんにい」。知らないよ・知らないからね。一番共通語の「知らない」に近い。
「知らんよを」。知るかあ・知る筈なかろうといった感じであるが言い方にもよるが突き放し感は薄い。
冷たい印象を与える順で言えば感覚的なもので個人差もあろうが
「知らん」>「知らんでねえ」>「知らんやあ」>「知らんにい」>「知らんよを」
とかになろうか。
微妙なのは「知らんわ」と「知らんて」。どこにはまるのかが微妙なところ。
探し物をしていてどこにあるか知らない?と問うて
「知らん。」と言われたら二の句がつげず憮然とするしかない。
「知らんやあ。」と言われたら「一緒に探してよ。」と発しても撥は当たらない。が、向こうは冗談じゃないと思ったりなんかする。自分は関係ないと思ってる節がある言い方である。
「知らんでねえ。」と言われたら「こっちが困ってるんだから手伝ってよ。」くらいな事は言っても構わない空気感。向こうは迷惑だと思うかどうかは状況次第だがとりあえずは自分もなにかしら関わってるという意識が働いていそうな言い方である。
「知らんよを」と言われたら、この後に言葉が続く余韻が残り状況にももちろん依るが「ちゃんと見ただけえ。」とか「見ちゃいんにい。」とかいったものが続く事が多い。自分も関わっている意識がある言い方である。
遠州弁的言い回し
「温めた」と「ぬくとめた」
考察(つまり邪推)
以下はいつにもましての個人的意見です。正しいとは限りませんのでご注意のほどを。
「温めた」。共通語だと「あたためた」。遠州弁だと意味的には「ぬくとめた」。
しかして「温めた」=「ぬくとめた」となるかというと「温とめた」としないと収まりが悪い。
「ぬくい」で「温い」・「ぬくとい」(あたたかい)で「温とい」となる次第。
ちなみに「ぬくい」と「ぬくとい」の違いはあくまで一例であるが、温かいという事があまり有り難くない状態の場合に「ぬくい」を使い、有り難く感じるとかの場合「ぬくとい」を使う傾向にあるような気がする。
で、これは方言なのか?となると
「温もり」(ぬくもり)は共通語だから「ぬく」というのは方言ということではあるまいてと思える。
「ぬくぬく」は「温温」と書くとネット辞書にあるし。
昭和の辞書には「温い」・「温とい」の記載は方言という分類ではあるが記載がある。「ぬくぬく」は「温温と書く」という記載は無くひらがなで表わされている。
古語辞典に「ぬくぬく」の記載があった。今使われてる意味の他に「ぬけぬけ」と同じであるといったずうずうしいという意味使いがある点は微妙に今との違いがある。
古語だとは言わないが古い日本語のような気がしてくる「ぬくとい」という言い回しは。どのくらいの地域で使われいるものなのだろうかこの「ぬくとい」という言い方は。
意味は「あたたかい」も「ぬくとい」もそう違いが思い浮かばないので入れ替わったと勘繰られるところである。いつ切り替わったのかは想像もつかないが。
ちなみに遠州弁においては「ぬくたい」・「ぬくたまった」とかいった「ぬくとい」と「あたたかい」を合わせて調整したような言い回しがある。
感覚的に「あたたかい」というより「ぬくとい」という方がほっこりくるのは遠州人だけだろうか。
例文
「今日はまた一段とさぶいで出かける際にゃぬくといかっこしてきなよ。」
(今日はまた一段と寒いから出かけるんならあったかい格好していきなさいよ。)
「だからっつって腹巻はないらあ。」
「風邪ひくよりかいいらあ。」
(風邪ひくよりはいいでしょうに。)
「みばあも気にしんとかんのっ。」
(見映えも大切なの。)
遠州弁的言い回し
「んなこといったってしょうがないじゃん」
レベル 日常茶飯事レベル
「んなこといったってしょうがないじゃん」。
「そんなこと言ったところでどうしようもないだろっ」と言っている。
言ってる事は正しいがだからといってどうしようもないというものである。よく使われる言い回しである。こう言われてどう捌くかで人柄が知れるというもの。
勢いとしては人の忠告や意見に対して逆切れしてるものであり大分感情的になっている状態で発せられる事が多い。
つまりもっと略して訳せば「うるさいっ!」といった感じになる。
もしくはそれ(これ)で我慢しなさいという問答無用な押し付けで使われる。
「んなことゆったってこれしかないだでしょうがないじゃん。」といった風に。
当然相手はムッとする訳で、こう言えば大抵は場の空気が乱れるものであるが、そうと判っていて発するのであるから「決裂」を宣言するような物言いであろう。
この場合の注意点としては
「しょんないじゃん」を使うと「そういう事を言ったところで意味ないじゃないか」という意味に取られかねない可能性がある。つまりお前の意見は無意味だと取り様によってはそう聞こえる場合がある。したがってそういう誤解を生みやすいので「しょんない」は使わないものである。
「ないじゃん」を「ありもしん」とすると相手の意見を押さえつける(上から目線)勢いとなるのでタメの立場なら「ありもしん」は使わない方が賢明であろう。
「んなこといったって」を「つったって」とすると幾分拒絶具合は和らぐ。ニュアンスで訳すと「そうは言うけど」といった勢い。「んなこといったって」では反論の余地はないが「つったって」では幾ばくかの余地はある風に受け取れる。
したがって「つったってしょうがありもしん」と発せば「そうは言うけどでもしょうがないだろうに」くらいな勢いとなり強い(きつい)言い方にはならない。
なお、「いった」を「ゆった」としてもニュアンスの違いに変化は感じられない。
例文
「なによをそれ、えらいどぶしょったいにい。他んのにしない。」
「んなこといったってしょうがないじゃん。もう買っちゃっただで。」
遠州弁的言い回し
「で」=「から」・「ので」
レベル 個人的意見
「で」=「から」・「ので」。
屁理屈からでなく感覚としてそう思えるというお話しの持ってきよう。
「だで」は「だから」と訳す。「そういうものだから」は「そうゆうもんだで」
「子供の笑顔が見たいからがんばる。」だと「子供ん笑顔見たいでがんばる。」となる。
少し外れるが「見たいだでがんばる」だと訳す上に於いては「見たいからがんばる」でいいのだが屁理屈的に解釈する上に於いて「見たいのだからがんばる」とするか「『見たい』だからがんばる」とすべきかは微妙なところ。
で、「で」=「ので」という考え方も出来る。こちらを取ると「の」が省略されたものが「で」という勘繰りが成り立つ。
「から」と「ので」の違いがよく分からん部分があって単に言い方のきつい・柔らかいというものではない風にも感じられるところであるがきつい・柔らかいでいけば「で」はどちらかといえば「から」というよりも柔らかい言い方の「ので」に近い感じがする。
しかしながら「で」でどちらもこなすと考えた方が自然な気がしないでもない。共通語は「から」と「ので」を使い分けているが遠州弁は「で」で凡てまかなっているという勘繰りも出来そうだ。
例文
「わし先行って見てくるで。」
「じゃあわしここで荷物準備しとくで。」
「ちゃっちゃとやっても時間余るだけだでのんびりやらまい。」
「やるこん先やっちゃった方が安気だらあ。」
「ちんたらやってる方が安気だけどなあ。」
「ちゃちゃっとやる癖付けといた方がいいに。」
「そうかねえ。」
「そうだよを。」
(当然だろう。)
遠州弁的言い回し
「もってきようない」
レベル 遠州弁かどうか定かではないがレベル
あまりにも当たり前すぎて共通語だとは思うが、でも共通語だと少し違うよなあとも思える言い回し。
「もってきようない」(持ってきようない)
共通語だと「持って行きようがない」となるだろうかなと。
だとしたらこれは方言チックな言い回しということになるのか?
もっとも、「が」がはしょられただけのことで「いいようがない」(言い様がない)・「かくしようがない」(隠し様がない)と似た感じがする訳で
「もってき」+「ようがない」
という風に考えれば十分共通語だよな。
この場合の「もってきようない」を訳すと「持って行く手段・方法がない」と言ってる訳であるが。
「もって」+「きようがない」
という風に考えると
「持ってくる手段・方法がない」と言っていることになる。
「こんな重たいじゃあ一人じゃ二階までもってきようないでてんだって。」
(こんなに重いのでは一人で二階にまで持っていくのは無理だから手伝って。)
「こんな重たいじゃあ一人じゃ二階からもってきようないでてんだって。」
(こんなに重いのでは一人で二階から持ってくるのは無理だから手伝って。)
といった使い方をする。つまり二通りの意味使いどっちにでも使っているという事が言える。まあイントネーションが異なっているので勘違いすることはまずないが。
「持って来ようがない」と書くと「持ってこようがない」で取って来るという事になり持って行くとは逆になる。
他には「やってきようない」・「買ってきようない」・「寝てきようない」・「してきようない」などいくらでもある。行くも来るもどっちに使えるというはややこしいといえばややこしいのかもしれないがイントネーションの使い分けをして実際使ってる。