遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「うれしいだけどやあ」
レベル 日常茶飯事レベル
「うれしいだけどやあ」。
訳すと「有り難いんだけど」。直訳すれば「嬉しいだけどよう」であるがニュアンスでいえば「嬉しいんだけどなあ」といった感じになる。「嬉しいんだけれどもねえ」とかな有り難迷惑・裏があるんじゃないのかと疑うなどという意味使いでは殆どつかわれない(そういう場合は「うれしいだけどさあ」となる)。
遠州弁的には「有り難い」はニュアンス的には「うれしい」というよりも「儲けた」といったこっちにとって都合がいいという勢いが全面に出るもので(「ありがとう」はもちろん感謝であるが)
「うれしい」は「感謝する」・「助かる」というニュアンスのものという違いが出る。
もっともそれは言葉の綾であって
「そうしてくれるとうれしいだけどやあ。」
この場合は「そうしてくれるとありがたいのだが。」と表面上は願望を言ってる(顔色をうかがっている)のだがニュアンス(真意)としては暗に「そうしてくれよ」と指示してる。というように露骨を覆い隠す効能で使われたりもするものである。
露骨度を少し足したいのなら
「そうしてくれるとうれしいよを。」もしくは「そうしてくれるとうれしいだけどねえ。」
素直に願望を全面に出すなら
「そうしてくれるとうれしだけえが」・「そうしてくれるとうれしいだん」もしくは「うれしいだあ」
「うれしいだけどやあ」は一応表面上は伺いを立てている形になっているので言われた方としては「ホント厚かましい」と思えても面と向かって嫌な顔も出来ない微妙な言い回しである。
「そうしてくれるとうれしいだけどねえ。」とか「そうしてくれるとうれしだけえが」だと
「いやいやあ、なんで私しんとかんよを。」とかきっぱり反論出来るけど
「そうしてくれるとうれしいだけどやあ。」だと「しょんねえなあ」とかで嫌々ながらも引き受けざるを得ないか「悪いだけえが云々」とか断る理由を明確に提示しなければならない。
かように結構強制力(断りにくさ)があるものだけに、多用すると人として厚かましい奴として嫌われるので注意が必要である。
遠州弁的言い回し
「みなし」
レベル 日常茶飯事レベル
耳で聞けばイントネーションが違うので勘違いすることはないのだが、文字で
「見なし運転した」と書くと
共通語での解釈ならば「見做し運転した」(見なし運転をした)ということになろうが
遠州弁では「見ないで運転した」つまり「わき見(よそ見)運転をした」と言っている事になる。
「なし」は別に見るに限った言い回しでは無く
「やりなし」(やらずに)・「しなし」(しないで)・「行きなし」(行かずに)・「動きなし」(動かずに)とかになる。
「いきなし」だと「いきなり」と勘違いされそうだ。「動きなし」は「動かないで」と言っているのだが「動き無し」とも勘違いされそうだなって・・・これについてはそう的外れでもないか。
「なし」は「ないで」と訳すのが無難であろう。ただし「やりなし」→「やりないで」といった風になるので「やり」を「やら」に変えないといけない。
「やりなし」→「やらなし」→「やらないで」
「しなし」はそのまま「しないで」でよい
「行きなし」→「行かなし」→「行かないで」
「動きなし」→「動かなし」→「動かないで」
「見しなし」→「見せなし」→「見せないで」
「見なし」はそのまま「見ないで」でよい
といった段階を踏んでの訳をしなければいけないんだろうかな。
ただし、「やりなし」と「やらなし」とでは実用に於いては微妙にニュアンスが異なるところもあって「やりなし」=「やらなし」とは言い切れないところもあるのであくまで思いつきであって正しいとは限らないのであしからず。
遠州弁的言い回し
「置かせて」と「置かして」のニュアンスの違い
レベル どうでもいい重箱の隅突くレベル(補足 広い地域で使われる言い回しであろうが、遠州でも使うよということで記載)
遠州弁では「置かせて」を「置かして」と言ったりする。
この違いは例えば
「ここんさあ置かせてやあ。」
「ここんさあ置かしてやあ。」
「おかせて」とすると「置かせてほしい」というお願いもしくは伺いを立てている勢い。「置いてもいいかな?」というニュアンス。
「おかして」とすると「置かせて頂戴」といった了承・了解を得るといった勢い。「置くけどいいだろ?」みたいなニュアンス。
この「せて」の部分を「「して」というのは「見して」・「やらして」・「行かして」など沢山あって遠州弁ではよく使う言い回しである。
あくまで遠州弁におけるニュアンスの違いであるが、この他にも
「置かいて」という言い方もある。
「し」が「い」に変わったと思われるがニュアンスとしては「おかせて」と「おかして」の中間ぐらいのおねだり的な要望といった勢いのものであろう。
断られる可能性を考えて発するのが「おかせて」
断られたら困るつもりで発するのが「おかいて」
断られるとは思っていないのが「おかして」
といった気分の違いがあろうか。
その他にも
「おかしょう」
「おかせよう」
とかいった言い方がある。こちらは命令に近いような強めな了承・了解を求めるものである。
遠州弁的言い回し
「やらまい」と「やりまい」
補足記事
以前記事にした使い分け以外にも思いついたものがあったので補足として記載。
「やらまい」は「さあ始めようか」といった今すぐに行動という具体的に何をするのかはっきりしてる事に対する促しで使われる事が多いのものであるが
「やりまい」は例えば「こういうのできたらいいよね。だからやろうよ」といったようなまだ何も具体性が定まっていないような事の勧誘の際に駆使されることが多いといった趣の違いがある。
あくまで傾向のお話しであって、もちろん後者での勧誘に於いても「やらまい」が使われることはあるし前者の促しにおいても「やりまい」が使われることもあるのであくまで傾向というものにすぎないが。ただし要請度は「やらまい」を使うと「やりまい」よりも下がり「やろうよ」ではなく「やらない?」といった言い方に近くなる。
蛇足だが「やらまいか」となると促しというよりも要請に近いものとなる。「まいか」になると「やりまいか」としても伺いを立てているという勢いである。
それと、「やらまい」はほぼ同列であるが「やりまい」は発言者が音頭取り(首謀)という勢いがある。
他には、「やりまい」だと断るに於いて明確な理由が求められるが「やらまい」だと不明瞭でも通る勢いの違いがあるのはこの場合でも同じ。
「やらまい。」と言われて「嫌。」とか「遠慮しとく。」などと答えても「あ、そう。」と引き下がってくれたりしてくれる事が多いが
「やりまい。」と言われて「嫌。」とか「遠慮しとく。」とか答えると「え~なんでよ。」と理由を訊かれたりして説明(言い訳)を求められる(食い下がられる)ことが多い。
まとめという訳ではないが、大雑把にいうと「やろうか」と「やろうよ」の違いみたいなもので「やろうか」=「やらまい」・「やろうよ」=「やりまい」といった感じであろうか。
遠州弁的言い回し
「せや」
遠州弁では使わない
「そうだ」・「そうさ」というのを「せや」と言うのは関西風味がするところであるが、尾張や美濃辺りでもよく聞く言い方である。
しかして遠州では使わない。普通に「そうだ」・「そうさ」である。
まあ遠州弁っぽいものを探すとすれば
「そう」・「そっ」・「だよを」・「そうさあ」(イントネーションは独特で「さあ」を強く言う)・「そうさあれ」・ニュアンスは変わってくるが「そうだあれ」
とかであろうか。これらは同意を表わす言い回しである。それぞれニュアンスは違うが大雑把に訳すと「その通り」といった感じであろうか。
話し外れるが、「そうだなあ」を「せやなあ」と関西では発するのだろうが、名古屋や岐阜とかでは使われていないような気が個人的にはしてるのだがはたしてどうなんでしょうね、東海では使わないということなのかしらん。
例文
「昨日随分遅くまでやっただって?誰ん馬鹿やったよを。」
「そう。○○んちょんぼこいて往生こいたでえ。」
「納期遅らすわけにもいかんで残業大変だっただらあ。」
「だよを。だもんで今日ばか眠たいだにい。」
最後の文を関西風にすると
「せやあ。せやから今日えろう眠たいしい。」
とかになるのであろうか(間違ってたらごめんなんしょ)。共通語だと
「そうなんだよ。だから今日はやたらと眠いんだよなあ。」
とかになろうか。