遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「ばかに」と「やけに」との違い。
どちらも共通語だろうが、もし共通語との感覚の違いがあるなら(あるかどうか分からないが)一応遠州弁的にはこういう感覚で使っているだろうというのを書いておこうかと。ただしあくまで個人的意見。
「今日はやけに寒いね。」というのと
「今日はばかに寒いね。」というのとは
同じかどうか。
直感的には変わりは無く思えるところ。
これが「今日はばか寒いね。」となれば「とても寒い」となって意味は大いに変わるが。
横道にそれてもあれなので元に戻して「やけに」と「ばかに」。
「やけに痛いと思ったら血が出てた。」
「ばかに痛いと思ったら血が出てた。」
この場合だと痛みの度合いは「ばかに」の方が強いと受け取れる。「やけに」なら耐えられる範囲内で「ばかに」だと我慢できない状態という風に覗える。
「やけに機嫌がいい。」
「ばかに機嫌がいい。」
この場合だと「ばかに」の方が異様にご機嫌という勢いが増す感じがする。「やけに」だと「妙に」といった感じか。違和感ということでは「ばかに」を使った方が増す気がするところである。
「やけに」と「ばかに」は使いどころにもよるだろうが程度の違い(「ばかに」の方が大きい)があるように感じられる。
ネット辞書には
「ばかに」普通ではなく程度が並外れているさま。異様に。いやに。ひどく。
「やけに」程度が甚だしいさま。ひどく。
とある。
なんかしら感覚が違う風に映るが、違うのは私だけか?それとも遠州弁と共通語に違いがあるということなのか。
再び横道に逸れるが「ばかに」は「に」を外して「ばか」という言い方が出来るが「やかに」は「に」を外して使うことは出来ないという違いもあろうかな。例えば「ばか機嫌いい」は有るが「やけ機嫌いい」とは言わない。もちろん「ばかに」と「ばか」では意味が異なるものであるが。
遠州弁的言い回し
傾向
「よりか」・「よか」・「よっか」
「よりも」と「よりか」は意味は同じであろう。
「それよりも」というよりも「それよか」・「それよりか」と発する方が日常の遠州弁っぽく映る。
よりぐでぐでの遠州弁にするならば「それっか」・「それかあ」とかもう翻訳しなければ通じない言い回しもある。
ぐでぐではともかく、ということで遠州弁っぽくするには「よりも」は控えめにで「よりか」を多用するという風にいえそうだ。
無論遠州では「よりも」を使ってはいないという訳では無い。
例文
「涼みに海行かん?」
「海行くよりかプール行く方が楽ちんでいいやあ。」
「んなことゆわすとせっかく宿泊券手に入っただで行きまいか。」
「めんどくさいで遠慮するわ。他の人誘いない。」
「え~いいじゃん。行くかあ。」
遠州弁的言い回し
「そうゆわすと」
以前「すと」という記事でも書いた
「そうゆわすと」
訳さば「そう言わないで」・「そんな事言わないで」とかいったものになる。
「そうゆわすとう」
となればより強い立場でものが言えない勢いを醸し出す。訳さば「そんな事言わないでさあ」とか「きついなあ」とか。
ニュアンスを説明すると
態度的にはへらへらしてる勢いを与える。
下手(したて)・卑屈ととられかねない物言いである。
つまり繰り返しになるが、決して伺いをたてているわけではなくこちらの意を通そうというものであるが強気で言えないところがあってよしんば頼みごとであっても弱気な命令・指示といったところか。
ちなみに男表現で女性も共用の言い回しということでは「そうゆわんで」・「そうゆわんでえ」とかになる。
例文
「あ~もう。どめんどっちいで止めた。」
「そうゆわすとやってやあ。」
「やなこったい。なんで自分だけやらにゃかんよを。あんたやりゃいいじゃん。」
「こっちはこっちのやるのが仕事だもんで。」
これを普通に命令・指示口調にすると
「あ~もう。どめんどっちいで止めた。」
「なにゆってるよを。やらにゃ駄目じゃん。」
「はあやんなった。そもそもなんで自分だけやらにゃかんよを。あんたやりゃいいじゃん。」
「それんあんたの仕事じゃん。こっちゃこっちのやるのが仕事だもんで。」
遠州弁的言い回し
「みてれん」
共通語に直すと「見てられない」(見ていられない)ということになり遠州弁の「みてれん」(見てれない)は「ら」抜きだという論法になるのであろうか。
しかしどちらかというと「見てられない」と訳すのではなく「見ておれぬ」→「見ておれん」での「お」抜きというのが「みてれん」ではなかろうかという方がなんか最近しっくりくるんじゃないのかと思え始めた。(「いれぬ」(いれない)の「「い」抜きとも言えそうだが)
「見てはいられない」を「見てはおれぬ」に置き換えて、「見てはおれぬ」→「みちゃおれん」又は「みちゃあおれん」となって、この場合には「お」抜きでは無しでの「みちゃおれん」という言い方をするのであるからして。(ちなみに「お」抜きの「みちゃれん」という言い方はしない。)
「おれぬ」も「おられぬ」の「ら」抜きじゃないのか?ということなのかもしれないが、「おられぬ」だと遠州弁的には敬語っぽく聞こえるものであり別物という気がしないでもない。
例文
「こないだ貸した奴見た?」
「途中でやんなってほかいた。」
(途中で嫌になって止めた。)
「なんでよを。面白いだに。」
(どうして?面白いのに。)
「画面がぱっぱ変わって目えしんどくて見てれんだよ。」
「そんじゃしょんないなあ。でもホント面白いだにい。」
(それじゃあ仕方がないねえ。でも本当に面白いんだよ。)
遠州弁的言い回し
「なにゆってるよを」
「なにゆってるよを」を訳すと
「それは違うよ」とか「おいおい」とかいった感じになる。
ニュアンスで訳すと「なにを言っているんだ」とかであろうか。「なに頓珍漢な事ぬかしてんだ」でもいいか。
決して「冗談じゃないよ」とかいった喧嘩を売ってる勢いではない。まあ、若干物の言い方にもよろうが。
これが「なにこいてるだあ」とか「なにこいてるよを」とかだと対立も辞さずみたいな「ふざけんじゃねえよ」とか「冗談じゃない」とかいった勢いになる。「なにゆってるだあ」も同様にちょっときつい系。
繰り返すが「なにゆってるよを」は対決色を表わす物言いではない。決して気分を害しているわけではないので「あ、怒ってる」とか思ってはいけない(事が多い)。
例文
「今日はちゃっと帰るでえ。」
(今日は直ぐ帰ることにするから。)
「なにゆってるよを。今日のうちに仕上げんとかんもんあるらあ。」
(何言ってるんだ。今日中に仕上げないといけないものがあるだろうが。)
「明日でいいじゃん。明日やるで勘弁してやあ。」
「なにそんなたったか帰りたい用あるだあ。」
(どうしてもぱっぱと帰りたい用事ってなんだよ。)
「ちょっとね。」