遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「どちらかる」と「とっちらかる」
同じ「ちらかる」でも意味は全く違う
「とっちらかる」は共通語であろうが「どちらかる」は遠州弁だろうな多分。
遠州弁での感覚としてであるので他所の地域にあてはまるものではないやもしれぬのでその点はご注意を。
「どちらかる」は「度」+「散らかる」で度を超えて散らかると言っている。
「とっちらかる」は大層散らかるという意味使いと、支離滅裂といったもので例えば頭(思考)が整理不能とかいう意味使いと二種類の意味使いがある。
ゴミ箱につまづいて中のゴミが飛び出て部屋中に散乱した様なら「どちらかる」。その様子にどうしていいやらあたふたするのが「とっちらかる」。
次から次へと書類が回ってきてあれよあれよというまに机が雑然となったというのなら「とっちらかる」。
掃除(整理)しなくて机の上が雑然というのなら「どちらかる」。
ちなみに「どちらかす」という言い方は普通せず「ばかちらかす」と発すのが日常。
「ちらける」も「どちらける」ではなく「ばかちらける」。
といったように、意思を持って散らかす場合には「ど」ではなく「ばか」を用いるという傾向があろうか。言い方を変えれば「積もる」場合は「ど」で「積ます」場合は「ばか」。
あくまで傾向であって「どちらかした」とかだと「あの野郎どちらかいてけつかりゃがった。」とかいう言い方で十分日常で有り得るものである。
遠州弁的言い回し
共通語の「よう」と遠州弁の「やあ」
例えば「よう久し振り」という挨拶。これを遠州弁にすると「やあ久し振り」となる。(よりだあだあにするなら「やあやっとかぶり」・「やあなにやってるだあ。」。)
以前北海道の「やあ」との比較を勘繰ってみたが
「やあしばれるねえ」とかの「やあ」は相手に向かっているものではなく感嘆を意味するものであり遠州弁での「やあどっさぶいじゃん」もそういうニュアンスで使われると能書きを垂れた。つまりその場合の「やあ」は「わあ」とか「おお」とかいうのと同じという講釈。
今回の「やあ久し振り」の「やあ」は相手に向かっての「やあ」であり共通語の「よう」と同じ意味合いのものである。こちらも置き換えれば「わあ」でも「おお」にもなるものであるが、北海道の「やあ」は相手に向かって放つものではなかろうが遠州弁の「やあ」はどちらにも使うものであるという違いがありそうである。まああまり北海道の言い回しに詳しい訳ではないのであくまで度のつく素人の意見であるが。
ま、とにかく遠州弁の「やあ」。用途の幅が広すぎてこうだと決めつけるのは無謀というものではあるが共通語に直す際には呼びかけの場合は「よう」で感嘆の場合は「おお」と訳すのが無難なところではあろう。ま、聞きなれていないとどっちの「やあ」なんだ?という事にはなろうが。
で、とにかく以下の例文のように「やあ」は一筋縄ではいかないのであしからず。
例文
「やあ久し振りじゃん。なにやってたよう。」
(よう、久し振りじゃないか。なにしてたんだ?)
「おお久し振り、うん、ここんとこ関東の方で仕事してるだよ。」
(おお久し振り。うん最近関東の方で仕事をしてるんだ。)
「それでやあっと見んかっただか。や、そうゆやあ本貸してたらあ。そろそろかやいてくれやあ。」
(だから暫く見かけなかったのかあ。あ、そういえば本貸してただろ。そろそろ返してくれよう。)
「あ、そうだったやあ。でも悪い。荷物まるさら関東の部屋に持ってってるもんでえ。今ないで今度にしてやあ。」
(あ、そうだったなあ。あ~御免。荷物全部関東の部屋へ持っていっているので今ないんだ。今度にしてくれよ。)
「やあなんだやあ。」
(おいなんだよそれ。)
「わりい。悪かったやあ。今度持ってくるでやあ。」
(悪い。ホントごめんよう。今度持ってくるからさあ。)
「今度っていつでえ。」
「さあ。」
「やあ。」
(おい。)
注、「やあ」と声掛けされて「やあ」と返すことはない。返す際は「おお」はよく使われる。
呼びかけの「やあ」は基本男言葉で女性は「おい」を使う。「おい」と言われて返す際は「なによう」と返す事が多々ある。まあ普通は「うん」とかであろうか。
遠州弁的言い回し
「うっちゃっときゃいいだ」
ニュアンスで訳すと
「手を付けなくていい」・「ほっておけ」
と言っている。
直訳でも「打ち捨てておけ」で構わないで放っておくということになるからそうたいした違いではないが
「うっちゃる」ということだと一見すると「捨てる」つまり放棄という勢いが強いと感じられがちかもであるが作業の手を放す・停める・止める・休めるといった意味使いである。
「うっちゃる」は途中といった勢いで「中断せよ」・「後回しにせよ」といった使い方をすることが多い。
「ほかっときゃいいだ」・「ほっぽらかいときゃいいだ」とかだとまだ手を付けていないこれからという状態でも使われるので「中断」・「始めるな」どちらの場合にも使われる。
「うっちゃっときゃいいだ」は助言っぽく「ほかっときゃいいだ」とかは指導っぽい。つまり強制力は「ほかす」を使う方が増す感じがする。
「うっちゃっときゃいいだ」と言われてその後再開しないとなんでやらんだという事に時としてなったりなんかする。
「ほかっときゃいいだ」と言われてその後再開するとなんでやるだあと言われたりなんかする事がある。
もっとも「うっちゃっときゃいいだ」も十分上からな物言いなので従わないとぶちぶち言われたりするが文句の言われ様は軽度な事が多い。
「うっちゃっときゃいいだ」は基本野郎表現で女性表現だと「うっちゃっときゃいいだよ」と「よ」が付く事が多い。語尾が上がる。
共通語に直さば「うっちゃっときゃいいだ」は「やる(やってる)必要ないよ」。「ほかっときゃいいだ」は「やる(やってる)んじゃないよ」。といった感じであろうか。
例文
「うっちゃっときゃいいだあ、そんなもん。」
(手を付ける必要ないよそんなもの。)
「そうゆうわけにいかんらあ。」
(そういうわけにもいかんだろう。)
「知らすけえ。とんじゃかないにい。」
(構うこたない。気にするんじゃねよ。)
遠州弁的言い回し
とんじゃかないの説明。その2か3くらい。
「とんじゃかない」は「とんじゃくはない」で漢字で表わすと「頓着は無い」というものである。
つまり「頓着しない」・「こだわらない」・「気にしない」という意であって
「心配ない」・「問題ない」などといった何事かを保障するものではない。
「どうってことない」という意でも使われるが確たる根拠がある風ではない。
そして「心配ない」はそういう事は無いと言い切ってるものであり「とんじゃかない」はそういう事があってもどうってことないというものである。
「火が点いても心配ない」だと火が点いても安全だ(問題ない)といったもので
「火い点いてもとんじゃかない」は火が点いたって知るもんか(こっちの知ったこっちゃない)という無責任さが感じられるものである。
相手を安心させるに於いては「とんじゃかない」は向かない。どちらかといえば自分の都合を述べているものである。
なお、「無頓着」は他人の様を指すものであって自分の意を表すものではないが「とんじゃかない」は自分の意を表す使い方もするものであるので「無頓着」=「とんじゃかない」とは言い切れない。
蛇足だが「飛んじゃかない」といった解釈と、もししたら・・・って、それには無理がある。
ニュアンス的には「ぶっ飛んではいない」(無謀では無い)と取れなくもないということらしいのだが。
まず言い方として、「飛んじゃない」でないと意味が通らない。それでもなお強引に直訳すると「飛んでいくはない」ということになる。だがこの意だと「飛んできゃしん」と普通はなる。要するにこういう言い方は存在しない。
次に意味的に、「ぶっ飛んでいない」は普通「ぶっ飛んじゃいん」と言うものであり、「とぶ」は遠州弁に於いては急ぐという意味使いはしたりするが奇想天外という意味使いはしない。
よって、「とんじゃかない」=「飛んじゃかない」というのは説得力が薄いと思えるところである。決して否定はしないが賛同はできかねる解釈である。
遠州弁的言い回し
「きい」と「いきい」
例えば
「ゆっくりしてきい」だと「ゆっくりしてきなさいな」
「ゆっくりしていきい」では「ゆっくりしていきなよ」
今から温泉旅行に行く人に楽しんでと声を掛けるなら
「湯うつかってのんびりしてきい。」
温泉を所有してる人がようこそという意味合いで声を掛けるなら
「湯うつかってのんびりしていきい。」
つまり、共通語での「きなさい」と「いきなさい」の違いと同じというものであるが案外混同しやすいところがあるようだ。「いきい」は「いってこい」ではないという事。
これに「き」という「い」抜きも混ざるとよりややこしくなる。
「ゆっくりしてき」は「ゆっくりしてきな」で送り出す側及び迎え入れる側の発言という両方の意味使いとなる。
ちなみに「ゆっくりしていき」という言い方はしない。
で、これに「こ」という言い方も加えると
「ゆっくりしてこ」で「ゆっくりしてこい」
「ゆっくりしてこう」は「ゆっくりしてしておいで」
となる。「こ」を使うと「き」よりも命令(指示)口調の勢いが増す。
で、で、これに駿河方面の言い回し「ご」・「ごう」を追加すると
「ゆっくりしてご」
「ゆっくりしてごう」
という事になる。細かいニュアンスは駿河人ではないのでよく知らないがおそらくは「き」・「きい」と同じものかと推測してる。というか自分のようなよそ者からすると英語の「Go」とニュアンス的には似てるよなあと思えなくもない。