遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「ぶつ」
共通語であるが
「あんた今ぶったら。」
共通語に直すと「あなた今叩いたでしょ。」
「ぶった」(叩いた)・「ぶつ」(叩く)は共通語である。
「お兄ちゃんがぶった~。」というのは共通語の範疇であろう。
しかしてこれに「ら」が付いて(続いて)の「ぶつら」・「ぶったら」となるとモロ遠州弁になる。
まあ、「ら」に限らず「に」・「にい」・「で」・「でえ」とか付けてもそうであるが。
「お兄ちゃんがぶったにい。」てな具合で。
で、とにかく「ぶつ」という言葉は遠州弁で重宝されてる。「叩く」という意味以外にも(決して方言というほどのものではないが)
「ぶっさぐる」(ぶん殴る)・「ぶっ飛ぶ」・「ぶっこく」(勢いよく何事かをする)・「ぶっとい」(大層太い)
といった勢いを増す事を表わす用途でも男女共によく使われる。
ちなみに、「叩く」という以外に、「打ちつける」という意味で「ぶった」という言い方もよく使う。で、「叩く」で「はたく」という言い方はあまり遠州では使わない傾向があろう。
例文
「あんた今ぶったら。」
(あんた今叩いたでしょう。)
「ぶっちゃいんよを。知らんでねえ。」
(叩いてなんかいないよ。知らないからね。)
「じゃなんで腕に跡ん残ってるよを。」
(ならどうして腕に叩いた跡がついているんだよ。)
「自分でぶっただら。」
(自分でぶつけたんだろ。)
「どこにい。」
(どこにだよ。)
「どっかにい。」
(どっかにだよ。)
遠州弁的言い回し
「ちょっきり」と「ぽっきり」
似て非ざるところ是れ有り。
「ぽっきり」は共通語で「ちょっきり」は非全国的なものでどちらも「丁度」とか「きっかり」という意味。
ならば、このふたつ置き換えが可能かというと
「一万円ぽっきり」とは言うが「一万円ちょっきり」とは言わない。
「ちょっきり一万円」なのである。
「ぽっきり一万円」とは言うのかについては「ちょっきり」を使ってる族なので定かではない。
「ぽっきり」=「こっきり」で「こっきり」は接尾語で数量・回数などを表わす語に付いて、丁度それだけと限定する意を表すとネット辞書にある。「ぽっきり」もほぼ同様の説明がなされている。ということから「ぽっきり一万円」という言い方はしなさそうである。(もっとも前後に付くと説明されてるから必ず後ろに付くもんだと決めつけは出来ないが。)
屁理屈的には「ちょっきり」は副詞(かも)で「ぽっきり」は接続詞という違いがあるんだろうか。
感覚的に勘繰ると「ちょっきり」は「丁度切りよく」を詰めた感じと思える。だから「丁度切りよく一万円」は納得だが「一万円丁度きりよく」ではなんか変ということになるのであろうか。
意味は同じだがそういったことで置き換えは不可能と思える「ちょっきり」と「ぽっきり」である。
そういう意味では「きっちり」の方が「ちょっきり」と近いと言えそうである。
遠州弁的言い回し
「すかん」
西っぽい言い回しに感じられるが、遠州で使われるのはもしかしたら地域性があるのかもと思って記載。あくまで勘繰り記事であるのであしからず。違ってたらごめんだにい。
遠州でも年齢お高めの人が使う。
「嫌」とか「嫌い」と言わず「好かん」と言うのであるが
この言い回しが廃れてきているのか、年齢に応じてこう言うようになっていくのかは定かでないが若い衆は発しない傾向にはあろうかと。
関西の言葉はいまいち勉強不足なので勝手な勘繰りであるが
関西っぽい「ようゆわん」が「決して言えない」・「とてもじゃないけれど言えない」などというものであるならば(ちなみに遠州だと「ようゆえん」・「とてもゆえれん」とかになる)
「よう好かん」は「どうにも好きじゃない」と訳すことになるのであろうか。
しかして、遠州における実際の使い方からすると「どうも好きじゃない」(いまいち好きじゃない)のような気がする。もしかしたらであるが関西とはニュアンスが異なるように感じられる。
感覚としては、「好き」・「嫌い」とそこまで明確に言えない言い回しとして「すかん」が使われているかのようである。「どちらかといえば」といった勢いを醸し出す効能を感じる。もっとも大人の知恵というか場を壊さない為の配慮として感情露わに露骨には言わないという曖昧さが味噌と言えなくもなしや。
まあ、「よう呑まん」(呑もうとは思わない)と「よう呑めん」(とても呑めない)の違いといったものと同じと捉えられなくもなしか。
おかしな考えだが「好かぬ」ではなく「好かない」というのが遠州弁での「すかん」じゃないのかと。もちろん根拠もなにもない正真正銘の下衆の勘繰り。
例文
「おみやげにまんじゅうくれたで、食いまい。」
(お土産に饅頭貰ったから食べようよ。)
「こしあんけえ。わしこしあんようすかんだよ。」
(こしあんかあ。自分こしあんはあんまり好きじゃないんだ。)
「まあそうゆわすとを。せっかくくれたもんだで食いない。」
(まあまあ、そんな事言わないでさあ。せっかくくれたんだから食べなよ。)
注、「くれた」は「貰った」であって「寄越した」というものではない。「あげる」(目上)・「やる」(同格)・「くれる」(目下)の「くれる」ではあるが、貰う方が「くれた」とへりくだってる(相手を立ててる)というものである。「戴いた」とかいう敬語は別として「くれた」(目上から)・「貰った」(同格)・「寄越した」(目下)といった形であろうか。
遠州弁的言い回し
「やるまいか」は「やらまいか」と似てるが
遠州弁で「やるまいか」という言い方は無い。
「やるまいか」は「やるものか」で遠州弁ではない。「やるまいぞ」みたいなもので古い言い回しであろうか。
「やらまいか」は「始めるよ」といった意で遠州弁を代表する表現といわれている。が、地元民からすると広く伝えられてるニュアンスとは少し異なる感じがする。それについては「やらまいか」の記事に書いてあるのでここでは省略。
「やりまいか」は「やろうよ」という誘いの意で遠州弁でも使われている。伺ってる(誘ってる)というもので「やらまいか」のようなやんわりとした強制力は無い。
「やれまいか」は存在しない。
「やろまいか」は屁理屈としては「やろうじゃないか」と勘繰られ有りそうに映るが日常で発せられるとこ聞いた事はない。「やろまい」・「やろまいや」とかいうのなら有るが。
蛇足だが「やらまいか」=「やろうじゃないか」と誤解されてる節が見受けられるが「やろうじゃないか」ということなら「やらざあ」・「やらまいや」という方がしっくりくる。
蛇足その2だが、「やんまい」とか「やんまいか」・「やあまい」・「やあまいか」とかいう言い方も存在しない。
遠州弁的言い回し
「みてみてみい」
これは遠州弁の範疇か?いや違うだろうな。もう少し足さないと。
ネットで「みてみてみ」を検索するとそれなりに当たるので、けっこう広い地域で使われてる言い回しであって特に遠州独特というものではないようだ。
しかして「みてみてみい」とするとヒット数はそこそこになる。
遠州で使われてる「みてみてみい」のニュアンスはというと
まず「みてみてみ」は「見てご覧よ」といったもので
「みてみてみい」は「そんな事言うなら見てみなさいよ」とか「疑うなら見て確かめてみなさいよ」とかいうものである。
例文
「んな事ゆうならみてみてみい。」
「あれ、ホントだ。」
「ほれみい。」
といった会話例にあるように「みい」が味噌であろうか。
まあ正しくは「い」なんだけど、この「い」は「~しなさいよ」といった軽い命令を表わす効能を有する。
ここまでは少なくとも東海どこでも通用しそうで遠州弁だと言う事はできないだろうな。
ではこれに「に」を足して
「みてみてみいに」とすると
「見れば解かるんだから」といった訳になる。上の例文でいうと
「んな事ゆうならみてみてみいに。」で「そんな事言うのなら見てみなさいよ、納得するから。」といったものとなる。
この場合の「に」は「から」(もしくは「ので」)で直訳すれば「そんな事言うなら見てみなさい なのだから。」となろうか。「納得する」とか「分かる」というのがはしょられてると考えればいいだろうか。
なのではしょらずということであれば「んな事ゆうなら見てみてみいに分かるでえ。」とかいった事になる筈。
まあ、もっと単純に「に」を「な」として「見てみて」+「みい」(みなさい)+「に」(な)とする方がすっきりはする。が、余韻(はしょったと思わせる)としては「から」の方が近いと思えるのでまどろっこしいが「から」としたのであるが。
とにかく、ここまでくれば遠州弁の範疇に入るんじゃないのかと思える。他所でも使ってるかもしれないがっぽい事は確かであろう。
ちなみに欲かいて「みてみてみいにい」とすると
確かにこういう言い方はよくするのであるが
これを共通語に直せと言われると・・・ん~むつかしい。
ニュアンスを勢いだけで訳すと「見てご覧なホント嘘じゃないから」といったものになるのだが。ふたつある「い」は何々であるからこう変換するとかいった屁理屈が思いつかないという「みてみてみいにい」なのである。