遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「ばか」と「ばっかり」を勘繰ってみたが
「ばかし」と「ばっかし」という言い方もそうゆやああったなあと思って追加記載。
どれも共通語に直すと「ばかり」となるものであるが、それぞれ使いどころやニュアンスが異なるものである。屁理屈だって説明は出来ないが、とりあえず遠州弁における実用を並べてみる。
*「ちっとばか」と「ちっとばかし」
「ちっとばか」は「少しくらい」。「ちっとばかいいじゃん。」(少しくらいいいじゃないか。)
「ちっとばかし」は「すこしばかり」又は「少しほど」。「ちっとばかし貸して。」(少しばかり貸して頂戴。)この例の場合「幾ばくかの金銭」・「少しの間」どちらとも読める。
「ちっとばか貸して。」とか「ちっとばかしいいじゃん。」などと入れ替えることは出来ない。(「ちっとぐらいいいじゃん」というのが普通)
*「行ったばっか」と「行ったばっかし」と「行ったばっかり」
「行ったばっか」は「今丁度行ったところ」
「行ったばっかし」だと「ついさっき出て行ったところ」
「行ったばっかり」は「ついいましがた出て行ったところ」
まあほとんど違いはないのでどれを使うかは好みともいえそう。強いて違いを探すとしたら出て行ってから経過した時間の違いであろうか。
*必ずしも全てが=「ばかり」ではない。
例えば「言ったばかりに余計こんがらがった。」というのを
「ゆったばかに余計こんがらがった。」といった言い方は存在しない。
「ゆったばっかに余計こんがらがった。」は有る。
「ゆったばっかしに余計こんがらがった。」は有る。
とまあ、こんな感じで特に結論(オチ)とかいうものはないのだが、それぞれ微妙な使い分けがなされているものであろう。
遠州弁的言い回し
「どっこも行きゃせんでいいよ。」
ぐずる子供(赤ん坊ではない)に親が此処に居るからと安心させる為に発するという様が一番に頭に浮かぶ光景であろうか。
訳さば「どこにも行きはしないから安心しなさい。」ってな感じである。
遠州弁らしいと思えるのは
*「どっこも」
「どこへも」を強調したような言い方である。遠州固有種ということはないだろうが、「取り払う」を「取っ払う」とか「刈り取る」を「かっさらう」とか「っ」を混ぜるのが遠州弁は好きという傾向があろうという一例として遠州弁っぽいと感じられる。
「どっこも」=「どこへも」としているがそれ以外に「どっこも」=「どこにも」も有りかというと「どこにも無い」を「どっこも無い」とはあまり言わず普通は「どっこにも無い」と言う。「どこにも売っていない」を「どっこも売っちゃいん」とは言う。「どっこも」=「どこにも」となるのはケースバイケースである。(もっとも「どっこも」=「どいつもこいつもの略」としたら「どいつもこいつも無い」は変で「どいつもこいつも売っていない」は有りとなるということで説明は付くところではあるが。)
*「行きゃせんで」
直に訳すと「行きはせぬから」。わざと古臭くであれば「行きやせぬので」とかになろうか。
この場合「せんで」ではなく「しんで」と言う事はまずない。「し」を使う場合は「「しんで」ではなく「しないから」もしくは「しないで」という言い方になる。
*「いいよ」を「ええよ」とするとしょうがないなあといった感じでちょっと煩わしい(うっとおしい)と思ってる節が見受けられる勢いになる。
遠州弁的言い回し
「えらくない」と「えらかない」の違い。
遠州弁使いと共通語使いとでは解釈が異なるのであろうかという疑問。
「毎日きちんとなされていて偉いですね。」
に応じて
「いや偉くないですよ別に。」
と言うのが共通語であるならば
「いやあ偉かないにい別に。」
と言うが遠州弁。もっともちょびっといぜって
「毎日きっちしやっててえらいらあ。」
「そんなえらかないって。」
となると、これを訳せば「毎日きちんとやっててさぞかし大変でしょう。」
「それほどでもないですよ。」
と全然内容が変わってしまったりもしかねない遠州弁の「えらい」であるが。
脱線はこの辺にしといて、共通語と同じ意での「偉くない」と「偉かない」の違い。
「偉くは無い」の「くは」が「か」に変じて「偉かない」になったのであろうと邪推されるところであるが、「偉くない」は「偉くは無い」の「は」抜きであるならば「偉くない」と「偉かない」は同じということになろうと勘繰れるところ。
しかして実際にはそこはかとなくニュアンスの違いが感じられる。
屁理屈こねても説明できない部分を感覚で物言うと
「いやあ偉くないですよ。」だと謙遜という勢いに聞こえ
「いやあ偉かないですよ。」だと普通もしくは当然という風に聞こえる。
暴論を吐けば「えらくない」は「えらくなんかない」で「えらかない」は「えらくもなんでもない」。
この感覚は遠州弁での「しんどい」という意の「えらい」が沁みこんでいるからそうなってしまうのであろうか。
共通語の使い手の人にはどう感じるのか知りたいところではある。
遠州弁的言い回し
置き換えるドンピシャな言葉がめっからない言い回しというのがあるものである。
「これでもいいでしょうに。なんでこれじゃ駄目なの?」
これを遠州弁にすると言い回しがいくつか考えられる。
「これでもいいじゃんかあ。なんでこれじゃかんよを。」
「これでもいいらあ。なんでこれじゃかんよ。」
「これでもいいだに。なんでこれじゃかんよを。」
まあ他にもあろうがとりあえず。
これらをきちんと訳すと
「いいじゃんかあ」だと「いいじゃないか」
「いいらあ」は「いいだろう」
「いいだに」だと「いいのに」
となって「いいでしょうに」のニュアンスとは少しづつ異なり、ピタリとはまってはいない。
要するに「~でしょうに」とか「~でしょうが」というのに置き換える適切な(ピタリとはまる)遠州弁が思い浮かばない。
屁理屈の上では「~でしょう」なら「~だら」となるのであるが「でしょうに・でしょうが」が「だらに・だらが」とはならないというのがその要因のひとつか。
もう一度実用においては「いいでしょうに」をなんと発しているかと考えてみると
「これでもいいらあ」と「らあ」を使うのが一番多いのではなかろうか。
で、「でしょう?」の意での「らあ」(語尾が上がる)及び「だろう」の意の「らあ」(ほぼ平坦)との違いを表わす為「いいでしょうに」の「いいらあ」のイントネーションは始めの「い」を強くいうのと「ら」を若干強めに発するという変化をつけている。
他に実用として使ってるかなと勘繰れるのは
「に」を「よ」にして「いいでしょうよ」。それか共通語で「いいでしょうが」。
ちなみに「が」には鼻に抜ける「が」と抜けない「が」の使い分けがあって、鼻に抜ける「いいでしょうが」は「いいじゃないの」といった説き伏せる雰囲気で、抜けない「いいでしょうが」は「いいじゃないか」という何でダメなんだとむっとしてる雰囲気を醸し出す。
まあどれも近くはあるけど「いいでしょうに」にピタリとはまる遠州弁は思い付かない。
じゃあ普通に「いいでしょうに」を使ってるのかというとそうでもない。ニュアンス的にはそう言ってるつもりでも「らあ」とか「じゃんか」ではそうは受け取られていない可能性はあるな。
例文
共通語「散々遊んだんだからもういいでしょうに。まだ遊び足らないの?」
遠州弁「さんざっぱら遊んだではあいいらあ。まだ遊ぶだか?」
遠州弁的言い回し
「おおぼったい」と「はれぼったい」
以前の記事の追記。こういう使い分けもあるということで。
あくまで個人的印象に拠るものであり、正しい事を述べてる保障確証はありませんのであしからず。
「はれぼったい」は「腫れる」+「ぼったい」で「腫れ気味」ということであろう。
「おおぼったい」は「覆う」+「ぼったい」で「むくみ気味」ということになろうか。
医療的な解釈での「腫れ」と「むくみ」の違いと一致するかは知識が無いのであくまでごく普通?の平民の解釈。
そういった旨を前の記事で書いたが、それ以外の使い分けがあるかもと思えたので追記とした。
一部がということであれば「はれぼったい」
全体(広範囲)がということであれば「おおぼったい」
と区別されようか。(あくまでこういう使い方もあるという一例)
例えば右目周りだけが腫れているなら
「右目え なんかしらんが腫れぼったい。」と言う。
顔全体がむくんでいるなら
「顔ん やたらくしゃ おおぼったい。」などと言う。
そういう意味ではもし症状や原因が同じでも
どこが異常箇所か限定してる(はっきり分かってる)時には「はれぼったい」。
どこが異常箇所か限定できてない時には「おおぼったい」。
と発する使い方も有り得る。
そういった意味で単純に「腫れ気味」=「はれぼったい」・「むくみ気味」=「おおぼったい」と言い切れるものではないとこがややこしい。
お医者さん泣かせではあろうな。