遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「だら」の違和感を感じる使い方。
「ウケるら。なにするだら。」
レベル 個人的感想
「ウケるら。なにするだら。」は?である。
直に訳すと「ウケるだろ。何をするだろ。」となってなんのこっちゃいである。
「うけるらあ。次なにするだ?」なら多少は分かる。
訳すと「ウケるだろう。次は何をするのかな?」とかになる。
普通に通じるためには
「ウケるらあ?こんだなにやらかすだかいやあ。」
で、「ウケるだろ?今度は何をやらかすんだろうねえ。」とかになろうか。
訳す際には「ら」を訳すのに「だろ」としているが屁理屈的には「ら」=「ろ」・「らあ」=「ろう」であり直訳すると
「ウケるろう?今度何しでかすのかいなあ。」
で、遠州弁にすると
「ウケるらあ?こんだなにやらかすだかいやあ。」
といった感じであろうか。したがって段階を踏んで(遠州弁→直訳→共通語)で訳すという作業が必要となる。
共通語を遠州弁に変換する際になかなかうまくいかないのはこうした共通語→直訳→遠州弁といった過程を経ずに共通語→遠州弁としがちになってしまうからであろうか。
まあそう書いてる自分も必ずそういう段階を踏んでいるわけではないのだが。
とにかく最初の「ウケるら。なにするだら。」については、はっきしいって何言いたいのか理解不能である。
遠州弁的言い回し
まるさら遠州弁という文を目指す。の、その3。
「そこんさあコンクリートしゃびしゃびなの使ったもんでえ、がんこじゅるいもんで気い付けない。」
実際は「気を付けなよ」という事が多く、イントネーションが「な」を強く発す独特な(共通語的ではない)というこれも遠州弁と言えるものなのだが、気付かれない事もあろうということであえて「ない」を用いた。遠州弁では「な」+「よう」と区切るという意識が必要と思われる。
訳は特に必要ないとは思うが一応。
「そこいら辺りは水多めのコンクリートを使ったものだから大層ぬかるむので気を付けてくれよ。」
「もんで」を二回使ってるが、訳を見てもらえば分かるように意味使いが異なるものである。決して連呼してなにかを強調してるというものではない。
「がんこ」の代わりに「えらい」に置き換えても可。意味的には「がんこ」は「とても・大層」といったもので「えらい」は「相当・かなり」といったニュアンスの違いはあろうが。
遠州弁的言い回し
ネット巡ると度々見かける
「やらないか」=「やらまいか」
という説。
あくまで個人的意見であるが、これについては「ちょっとなあ」と思える。
例えば「やらないか」が
「どうだい、実行委員、君いっちょやらないか。」
とかいった「やってみないか」と意思を問うているという使い方であるならば
「どうでえ、実行委員、おめえいっちょやらまいか。」
とは置き換えられない。意味が通らない。
「どうでえ、実行委員、わしと一緒にいっちょやらまいか。」
とすれば成立する。訳は「どうだい実行委員、ここはひとつ私と共にやろうではないか。」となる。
次に
「どうだい、今日麻雀いっちょやらないか。」
といったお誘いという使い方であったなら
「やあ、今日麻雀いっちょやらまいか。」
という使い方は出来る。ただしニュアンスは「やらないか」がどう?」と訊ねている勢いなのに対し「やらまいか」は「さあやるよ」と促している勢いの違いのものとなる。
つまり、誘いと促しという違いが有るのである。別の言い方をすれば「訊いている・訊ねている」というのと「「(強く)要請している」という違いか。
この2例からして、「やらないか」と「やらまいか」はニュアンスは異なる、及び使いどころが同じでは無い言い回しと言えるのではなかろうか。
他にも以前テレビで「やろうじゃないか」といった前向きな言葉だと説明されてたけど、どちらかといえば「さあやるよ」という方が普段使いの「やらまいか」に近いように思える。まあ、あくまで個人的意見であるが。
遠州弁的言い回し
「まちがえたにみ」
この言い回しのニュアンスを的確に表す術を私は持ち合わせていないのだが
なんとかこじつけてみるとすると
漢字で表わすならばおそらくは「間違えたに見」
これをニュアンス通りに共通語に訳すには骨が折れるが、一応思い付くものを列記してみると
①「間違えちゃったじゃないか」
②「お前のせいだからね間違えたのは」
③「どうしてくれるんだよ」
などが思い浮かぶ
文を挙げてみると(訳についてはあくまで一例である)
「ほれみっせえ、間違えたにみ。」
となれば②か③という勢いとなる。訳さば「も~(余計な口挟むから)間違えちゃったじゃないか。」
「や、ばかっつら、間違えたにみ。」
となれば①か②の勢いとなる。訳さば「ちょっとぉ(変な事するから)間違えちゃったじゃないか。」
まあ、どれをとっても深刻にというか本気で怒ってるというものではなく「まったくもう困ったもんだ」といった勢いのものであるのだが。
これが「み」ではなく「みい」となるとぷんぷん度合いが若干増してご機嫌斜めということを表わす事となる。
「ほれみっせえ、間違えたにみい。」これを訳さば「やっぱり間違えたじゃないかどうしてくれるんだよ。」
「や、ばかっつら、間違えたにみい。」これを訳さば「おい馬鹿野郎お前のせいで間違えてしまったじゃないか。」
「みい」の他に「みよ」と発す事もある。おちゃらけ度を増したい場合「みれ」と発する事もたまあにある。
「みっせえ」もあるか。「ほれえ、まちがえたにみっせえ。」とかな。
「みっせえ」は「みなされ」→「みなせえ」→「みっせえ」という変化なんだろうな多分。「みっせえ」を使うと③の意味合いが強く感じられる。
こういった言い回しは「間違えた」専用ということはなく
「言ってしまったじゃないか」→「ゆっちまったにみ」
「行ってしまったじゃないか」→「いっちまったにみ」
「刺してしまったじゃないか」→「さいちまったにみ」
などなど幾らでも捻り出せる。
要するに
「~してしまったじゃないか」
というものであるが、嘆いているわけでもないし怒ってるわけでもなく、その感情の様を上手く説明できない。まあ「これみよがし」と言えなくもないか。って分かりづらいな却って。
ちなみに順番入れ替えて
「見、間違えたに」
という言い方も存在する。こちらは「見ろ、間違えたから」とスムーズに訳せニュアンスは大抵③の意味合いで使われる事が多い。
とにかく「に」の使い方・使いどころがポイントなんだろうな。
遠州弁的言い回し
例えば
「やってくれるとうれしいだけどやあ」
この言い回しのニュアンスを。
訳さば「~であれば有り難いのだけれど」であるが、
実際の使い方は「してくれ」というのを暗にほのめかしているという下手には出ているがほぼ強目に要請してるものである事が多い。つまり言われた方としては断ると後味が好くない事が多い。
使う方としては気を遣ってるというか言いづらい事を(または言い難い人に)言う際に発せられる事が多い。無論皮肉として使われる場合もある。
例文
「今日忙しくてしょんないもんで、洗濯もん寄せてくれるとうれしいだけどやあ。」
「いやいやあ、こっちだって忙しいだでねえ。」
矛盾してるかもしれないのだが、要請なのではあるが基本ダメ元みたいな多分断られる確率が高いだろうなと思って言っているので、きっぱり断られても「ああやっぱりか。」と諦めな思いでそれ以上頼むとかはしないという方向に向く事が多い。
他の言い回しで「~だと有り難いだけどやあ。とするとそのニュアンスは
「やってくれたら恩に着る」みたいな勢いでより頼み込んでる感が増す。
こちらは断られたら遺恨を残す可能性が高いので断る際には理由(言い訳)を以てしないと後々しこりが残ったりする。