遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「しょんない」
「しょんない」は「しょうがない」(仕方がない)と「しょうもない」(くだらない)どちらの意でも使われるものである。
「はあしょんない」だと「もうしょうがない」
「どしょんない」だと「ホントくだらない」(とてもしょうもない)
どちらも自分の意と食い違うとか意にそぐわないとかいうものであることは同じ。
「しょんない」とひとつの言葉で済ましてしまうのはそういう心持だからであろうか。ってそれは共通語の「しょうがない」も同じか。
ただ「しょうがない」は遠州弁においては諦めの要素が多く含まれる勢いがあるが「しょんない」は呆れる要素が諦めよりかは強めといったニュアンスの違いを感じるものである。使い方にもよるが、「しょうがない」は悲嘆にくれることもあろうが「しょんない」はあっけらかんっとしてる感じといった違いもある。
例文
「いっくらゆっても直りゃせんで、もうほんとしょんない。」
(いくら言っても直りゃしなくて、もうどうしようもない。)
呆れて匙を投げてる勢いである。
「きんのうのテレビどしょんなくてばか笑えたや。」
(昨日のテレビ馬鹿くだらなくて大笑いしたよ。)
遠州弁的言い回し
「ほいあんたぁきいつけにゃかんにい」
こじつけに近いくどい説明をば
大雑把な訳は「気をつけなさいよね」といった相手を心配しているものである。
分解すると
「ほい」+「あんたぁ」+「気い」+「つけにゃ」+「かん」+「にい」
となる。個々に講釈を付けると
「ほい」は呼びかけ。共通語に直すなら「ねえ」とか「ちょっと」といったところか。「ほいちょっと」という言い方も存在する。「ほいちょっと」だと注意しなさいよといった十分に注意を呼びかけるという勢いが増す。「ほい」は「おじいさ」も発したりするが大まかには女性が使うものなのでこれは女性が言ってる言い回しというのが普通。男だと「やあ」・「なあ」が使われる事が多い。
「あんたぁ」もほぼ呼びかけ。直すなら「あのさあ」・「あのねえ」とかいったところか。親密さを表わすものでこれを省いて「ほい、きいつけにゃかんにい」とすると単なる注意を呼び掛けてるものとなる。「あんたぁ」を入れる事で注意から忠告というニュアンスに変わる効能を持つ。
それと小さい「ぁ」は「は」で「あんたは」と言ってる。これの効能は「いつもそうなんだから」とか「そういう傾向にあるんだから」などといったニュアンス及びこれから起こる事柄にとかいったものが籠もるところにある。「ぁ」を省いて「あんた」とすると今起きてる事柄に対して注意してる勢いもしくはいつ何時でもといった勢いとなる。
「きい」は「気を」。特に説明するものはない。イントネーションは「い」を強く発するもしくは平坦というもの。「き」を強く発すると関西風になろうか。
「つけにゃ」は「つけなければ」。これを「つけんと」とすると「つけないと」で親が子に向かって言うかのような上から視点となる。「つけにゃ」とするとそういう点は平たくなる。ニュアンス的には「つけねば」と訳す方が「つけにゃ」のニュアンスに近くはあろうか。
蛇足だが号令の「気を付け!」を「きいつけ!」とか発するものではない。
「かん」は「いけない」。「いかん」(いけない)の「い」省きと考えられなくもないがこの考え方が正しいかどうかはさて?である。ちなみに「いかん」とすると駄目を強調した勢いに聞こえる。遠州弁では「いけん」という言い方は普通しない。
「にい」は屁理屈で訳すと「よう」。「に」や「にっ」とすると「気をつけなさいよ」と指示(命令)してる勢いになって角がたちやすい。もっとも「に」を強く発するのと「い」を強く発するのとではニュアンスが違って「い」を強く発すると「に」や「にっ」と同じ勢いとなるのでこの言い方(心配だから忠告してる)の場合には「に」を強く発するのが普通であろう。
遠州弁的言い回し
「ちゃ」・「ちゃあ」
人の愛称。以前にも書いたがその補。
自分男なのであくまで男が使うという限定で。女性の場合はよく知らない。
例えば「村田」という人を愛称で呼ぶと
「むらちゃ」・「むらちゃあ」
とすることが多い。
これが同じ遠州でも東(駿河方面寄り)の方だと
「むらさ」・「むらさあ」・「むらっさ」
とする傾向になるような気がする。もっとも姓の場合であって名の方だとこの「さ」・「さあ」はうちらんとこでもけっこう使われたりしてる。
このように同じ遠州でも地域によって異なることもあり、遠州ではといった一括りで言えないところがあるのだが、わたしらんとこは「ちゃ」・「ちゃあ」が好く使われる傾向にある。
例を挙げてみる
織田信長だったら「のぶちゃ」・「のぶさ」。織田は愛称では呼びにくい印象がある。
明智光秀だったら「あけちゃあ」・「みっちゃ」。「あけさあ」・「みっさ」とかは言わない(言いにくい)だろうかな。
豊臣秀吉だったら「ひでちゃ」・「ひでさ」。豊臣も呼びにくいが強いて姓をというのなら「とよちゃ」・「とみちゃ」とかならなんとか。
といった感じになる。
共通語での「ちゃん」と似ていそうだが「ちゃん」は舐めた印象を与えるような年下とかに対して使われることがあるものであろうが(あくまで男の場合である)、遠州弁での「ちゃ」・「ちゃあ」は仲間といった横並び(同列)の言い方である。
もっともなんでもかんでもこうなるというわけではなく
例えば「田村」となると「たむちゃ」の他に「たんむう」とか「村田」では「むんらあ」とかなったりもするので、あくまで傾向としては「ちゃ」・「ちゃあ」が多く使われるというものである。
ちなみに「っち」・「っちい」とかいうのは希少の部類に入ると思われ遠州的とは思われ難いと感じているのだが、さてどうだろう。
微妙(愛称で言うほどで無し、さん付けするほどで無し)といった場合には「氏」を付けるというのは遠州でも同じ。
遠州弁的言い回し
「ずがるい」
まあ遠州に限った言い方ではなかろうが、とにかく遠州でも使ってるよということでそのニュアンスを。
「とても軽い」と言っている。
話しはちょっと外れるが、「素軽い」(すがるい)となんとなく似ている。意味はちょっと違うが。「すがるい」よりもなお軽快な感じが「ずがるい」としても違和感はないかもしれないところ。かといって「す」の強調形が「ず」になるということでは決してないだろうが。
って、「素軽い」を辞書で調べようとしたら載っていない。ネット辞書にも記載がない。
あれ?と思ってぐぐってみたら競馬用語で「身軽な様」(要はキビキビ)を指すということになっている。
「こずむ」とか「そらつかう」とか遠州弁と競馬用語には共通点が多い。「素軽い」が遠州でも普通に使われてるかどうかはなんともいえないがこれもそうなんだとしたらなにかしらの因縁がありそうだと邪推してしまう。あくまで勝手な憶測に過ぎないが。
で、元に戻して「ずがるい」。反対なら「ず重い」。
「ず」+「軽い」というもので「ず」は「とても」という意を表している。思ってるのと違ってといったニュアンスである。
「ず」と似たような意味使いには遠州弁の定番と言われる「ど」・「ばか」・「がんこ」・「えらい」とかいったのがひしめく中、「ず」をあえて使う理由を勘繰ると
暗くない。つまりこの場合「軽い」ということが好ましい・喜ばしいという事が伝わるからであろうか。他の語は好ましくない・嬉しくないといった陰な気分を伝える使い方もされるが「ず」は大抵陽な気分(好い方に受け取っている)という使われ方がされる。
あまり「ず」は他のと較べると使用頻度は多くないのであるが
例を替えて「痛い」に付けると(あくまで傾向及び個人的解釈である)
「ず痛い」は「おい、いてえなあ」とかいった明るくイテテと言ってる印象を与える。
「ばか痛い」だととても痛いというもので特に状況を彷彿とさせる印象は与えない。
「ど痛い」だと痛くてのたうちまわる(転げまわる・動き回る)印象を与える。
「がんこ痛い」だと痛みを堪えるのに必死な勢いを感じさせる。
「えらい痛い」だとうずくまって動けないくらいの痛みといういう印象を与える。
くどいようだがあくまで個人的見解。
ところで「ずぶとい」
共通語だと「図太い」と書き、ずうずうしくて呆れるくらいだという意のものであるが、遠州弁的解釈だと「とても太い」という意で使われたりもするややこしさがある。さらにややこしいのは「図太い」も「ず太い」もどちらも使われるというところである。
「ず太い」の「ず」を漢字にすると何になるのかは定かではない。
「図太い」の「図」は辞書によると借字だそうで、ここでの「ず」にも「図」が当てはめられるのかどうかも定かではない。
「ど」の強調形で「どん」と言うといった様に「ず」の強調形で「ずん」と言うことがあるかというのは、微妙なところである。
遠州弁的言い回し
特に地域性が強いというものではないのだが、こういう言い方をすると遠州弁っぽくなるということで。
例えば「20日ほど留守にしてた。」
これを「20日ばか留守してた。」と言うと遠州弁っぽくなる。
無論「ど」や「がんこ」・「えらい」と共にの「凄い」という意の「ばか」では無い。
「ばかり」・「ばかし」の変形の「ばか」である。
蛇足だが「馬鹿ばかり」は「ばかばっか」となる。
これをモロ遠州弁っぽくすると
「ばかばっかでほんとしょんない」
となる。意味は「使い物にならない奴らしかいない」と嘆いている(もしくは怒ってる)。
呆れているとしたい場合には「ばかばっかでほんとしょんねえ」とかになろうか。