遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「恥ずかしい」を「恥ずからしい」と言うは
遠州弁か?なんで?
というのを勘繰ってみる。
(あくまで個人的な解釈ですのであしからず。しかも結論無しのグダグダ記事。)
使い方例としては
「恥ずからしい真似すんじゃねえよ。」で
「見苦しい真似するんじゃない。」と往生際の悪さをなじってる。
「恥ずかしい」とはどう違うのかというのを勘繰ってみると
一案
偶発的な(意識的ではない)ものに対しては「恥ずからしい」は使わない。
例えばズボンのチャックが開いてる様に於いて
閉じ忘れとか負荷がかかって開いてしまったというものに対しては「恥ずかしい恰好」と言うのが普通。
意図的に開けて露出してるようなものに対しては「恥ずからしい恰好」と言ったりする。
つまり「ら」を付けると「意識的」・「意図的」といったものとなると勘繰られる。
自分の行いに対して「恥ずからしい」を使う事はほとんど無い。(自虐の場合には有り得るが)
二案、一案とは全く異なって
「らしい」ということで「~っぽい」というものだとすると
「恥ずからしい」は「恥ずかしいっぽい」という解釈となる。
この解釈だと「恥ずかしい」と露骨に言うのではなく多少なりとも相手を気遣って「恥ずからしい」とちょっと和らげた言い方をするというものとなる。
それとも全く逆で「恥ずかしい」の強調形が「恥ずからしい」というもの。
一案二案どっちもいまいちである。
で、こういう「ら」が付け足される他の言い方と較べてみる。例えば「汚い」と「汚らしい」。
「きたない」だと汚れていると言い切っている。
「きたならしい」だと汚れてる感じといった具体的にどこがというものよりも嫌悪感が勝っている勢いになる。
これも「意識」が関わってるような気がするところ。
次に、「いやしい」と「いやらしい」では、って漢字にすると「卑しい」と「嫌らしい」で別もんじゃねえかというものだが「浅ましい」という意でなら「卑らしい」というのがあってもいいかなとふと思えたので。
「いやしい」だと露骨に見下してる感じを受ける。
「いやらしい」だと「えげつない」といった感じで陰で文句たらたら言ってる感じと受ける。
こちらは「意識」が関わってるとは言えない気がする。
とまあ、こんな感じで他の言い方と較べてみても
共通性が見いだせるわけではないので「ら」を足すとこういう効能があるとは言い難い。
結論も無く流れ解散みたいな記事になったが
とりあえず「恥ずからしい」という言い方は遠州に於いては存在してることだけは確か。
遠州弁的言い回し
「さあれ」
「だあれ」との関連記事。遠州弁かどうかは定かに非ず。というか広い地域で使われているもので遠州でも使ってるよという類いのものであろう。
例えば「やるさあれ」と「やるだあれ」
「やるんだよ」と指示口調なのが「やるだあれ」
「やるのが当然」と命令口調なのが「やるさあれ」
多少ではあるが諭す(納得させる)勢いというのが「だあれ」
有無をも言わさぬ勢いというのが「さあれ」
言葉の作りは
「さあ」+「れ」か「さ「」+「あれ」どっちかと勘繰ると
おそらくは「さあ」+「れ」だろうなと思えるところ。
「やるさあ」+「れ」の方が「やるさ」+「あれ」とするよりも合点が行きやすそう。
「そ~れ」とか「ほれ」とかいったように勢いづけの効果が「れ」にあるような気がする。
それか、「見ろ」を「見れ」といったりすることから指示・命令を表わすのかも。
まああくまで勘繰りであるが。
例文
「どうしっかやあ。買って帰るかやあ」
(どうしようかなあ。買って帰ろうかな。)
「んなもん買うに決まってるさあれ。」
(そんなの当然買うに決まってるさあ。)
「そうゆうもんなの?」
「そおゆうもんだあれ。」
遠州弁的言い回し
「とんでく」
ふと思ったのだが
「とぶ」という使い方はないよなあと。(地域によって違うのかもしれないけど)
「とんでく」とは
普通は「走る」だと言われる事が多いけど、どちらかといえば
「走る」より「奔る」。「奔る」より「急ぐ」。
というものじゃないかと思える今日この頃。
「今出てったとこだでちゃっととんできゃ追いつくかもしれんにい。」
(今しがた出て行ったばかりなので急いで追いかければ追いつけるかもしれないよ。)
ところで、題の「とぶ」。
「ちゃっととんでく」であって「ちゃっととぶ」とは言わない。
「ちゃっととんでけ」を「ちゃっととべ」とは言わない。
「とんでかすか」(急いで行こうか)を「とばすか」とは言わない。
「とんでった」(急いで行った)を「とばしてった」とは言わない。
「とんできない」(急いで行きなよ)を「とびない」とは言わない。
「とんでくけ?」(急いで行こうか?)を「とぶけ?」とは言わない。
「車をとばす」は共通語だろう。
てな具合で、「とんで」であって「とぶ」という言い方はしないと思える。というか「とぶ」は共通語の言い方かも。
地域によって違いがあるんだろうかな。
「急いできたのに」ならうちらんとこでは「とんできただに」となるが「とぶようにしてきただに」と言うとこもあるみたいなので。
遠州弁的言い回し
例えば「厄介や」
関西と遠州弁では抑揚も違うしニュアンスも異なる。
辞書とかで「や」を調べると
や(助動詞・特殊型)「じゃ」の変化・(関西方言で)主体の断定的な判断を表わす。
(ちなみに「じゃ」は辞書によると「じゃ」=「である」・「だ」)
や(終助詞)①同輩・目下の者を軽く促す気持ちを表わす。「早く行けや」②自分自身に言い聞かせるような気持ちを表わす。「つまらないや」③名前のあとに付けて、呼び掛けることを表わす。「太郎や、おいで」④(雅語)感動の気持ちを込めて文を終始したり、その言葉を述べることを表わす。「古池や蛙飛び込む水の音」
などとある。
遠州では「じゃ」を使わない傾向にあり、関西系の「や」も同じように使わない。「や」においては関東系といえるやも。
なので「そうや」・「せや」という言い方は遠州ではしない。
「そうだ」(まったくだ)という同意(断定)の意で「や」を使うことはしない。
同意の意であればそのままに「そうだ」と言う。(モロな遠州弁だと「そうでえ」とかがあるが)
遠州弁で「そうや」となれば・・・ってこういう言い方ではなく「そうだや」で意味が大層変わるが「だそうな」といったものとなる。「そうだがや」だと名古屋っぽくなる。
で、「厄介や」という場合
関西の方では「ほんま厄介や」だと「まったくもって厄介だ」となろうか。
遠州弁では「ほんと厄介や」だと直訳すると「本当厄介よ」、ニュアンスで訳すと「本当に厄介だよ」。「厄介やあ」で「厄介だよう」。(モロ遠州弁だと「ほんと厄介ゑ」(ゑは「YE」という発音)とかがある)
「松島や嗚呼松島や松島や」
関西風味だと「松島だああ松島だ松島だ」
遠州弁だと「松島だよああ松島だよ松島だよ」
といった違いであろうか。もっともモロ遠州弁だと「松島だやああ松島だあ松島だや」みたいになるが。
つまり繰り返しになるが、遠州では「や」に於いては関東系の使い方をするといえようか。
ただしモロ遠州弁ということになれば「や」ではなく「だや」になろうか。
関西だと「や」は「だ」に置き換えるもので遠州では「や」は「よ」に置き換えるものという違いがあるといえようや。
遠州弁的言い回し
「しないといけない」というのを遠州弁では
「しんとかん」もしくは「しにゃかん」と言う。
このふたつに違いはあるか。
例えば「ちゃんとしなければいけない」これを遠州弁にすると
「ちゃんとしんとかん」
「ん」は「ない」の音便化したもの。「かん」は「いかん」の「い」抜きと考えられる。なのでこれを元に戻すと
「ちゃんとしないといかん」となる。勢いとしては「~するべきだ」といった感じであろうか。
「ちゃんとしにゃかん」
「しにゃ」は何が変化したのか説明できる勘繰りが考えつかないのだが「「しなければ」と訳すのが合いそう。なので「ちゃんとしなければいかん」となる。勢いとしては「しないのはおかしい」といった感じであろうか。
大袈裟にいえば
「しんとかん」は義務
「しにゃかん」は使命
って大袈裟過ぎるかやっぱ。無理があるな。
「しんとかん」は強めの忠告
「しにゃかん」は命令
とか辺りとなろうか。
で、
どっちも言われて気分のいいものではない事が多いが、どっちがよりカチンと来るかといったら個人差も大きかろうが「しにゃかん」と言われる方がカチンと来やすいかなと思う。
例文
「おいなんちゅうぶしょったいかっこしてるよを。ちゃんとしんとかんにい。」
(もう、なんてむさくるしい恰好してるんだよ。ちゃんとしなさいな。)
「おいなんちゅうぶしょったいかっこしてるよを。ちゃんとしにゃかんにい。」
(もう、なんてむさくるしい恰好してるんだよ。ちゃんとしないと駄目でしょう。)