遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁でお遊び
すべて遠州弁という文を目指す。その4.
「ちっとばかのこんですぐちんぷりかあってはすとんがらすなんてしょっちゅうじゃん。どたけらんだけでもまだましだにい。それになんしょふんだだもん今日に限ったこんじゃありもしんに。んなのとんじゃかないで真に受けちゃかんて。」
これを訳無しで意味が分かれば立派な遠州弁の使い手。
で、訳。
「ほんのちょっとの事(些細な事)で直ぐにへそ曲げてぶすっと拗ねるなんざしょっちゅうじゃないか。暴れ狂わないだけでもまだましな方さ。それになにしろそんな事は今日に限った事では無いだろが。だからそんなの気にする必要ないから真に受けちゃ駄目だって。」
言葉ごとに切ると
ちっとばかの
こんで
すぐ
ちんぷりかあって
はすとんがらす
なんて
しょっちゅう
じゃん。
どたけらん
だけでも
まだまし
だにい。
それに
なんしょ
ふんだだもん
今日に限った
こんじゃ
ありもしん
に。
だで、
んなの
とんじゃかないで
真に受けちゃ
かんて。」
七つほど共通語が入ってしまう。残念。
まあ「それに」を「それん」にすればひとつ減るけど。
例文音声はこちら
遠州弁+古語でお遊び
「雨降ってきたでちゃっと洗濯もんよせて戸をたって。たったらついでに鍵もかっといてやあ。頼むにい。」
モロ遠州弁っぽいが実はそうでもないのではというお話し。
「雨降ってきたでちゃっと洗濯もんよせて戸をたって。たったらついでに鍵もかっといてやあ。頼むにい。」
こ<の中でモロ遠州弁っぽいと言われるのは「洗濯物をよせる」・「戸をたつ」・「鍵をかう」であろうか。
*「よせる」は「寄せる」で言葉自体は普通に共通語であろう。しかしてこの場合においての「取り込む」という意味で使われるというのが遠州弁独特と言われている。
言葉だけ考えると「よせる」は一か所にまとめるといったものであり別に家の中に入れろというとこまで言っていないと聞こえるが、寄せたら家に取り込むの当然という考えがあるのやも。
乾す為に広げていたものを一か所に寄せて家の中に入れるというものでありそれを極限まではしょった言い方が「よせる」というものであろう。少なくとも「取り寄せる」の略ではなかろう。
「取り込む」はネット辞書には「取って中に入れる」とある。これで十分というより過不足なく言い表せているのになんで一瞬?となる「よせる」を使うのであろうか。
あくまで想像だが、外に出すのを「はける」・「はかす」と言うのと対なのが「よせる」とかいうことによるものであろうか。
とにかく、「よせる」は独特なんだろうなと思えるところである。
*「たつ」はイメージだけで勘繰ると「断つ」か「絶つ」であろうか。戸や障子などを閉める事によって空間が遮断・分断されるということでいけば「断つ」っぽいが、ネット辞書調べると「立てる」で雨戸・障子などを閉める。「閉てる」とも書く。とある。「立てる」が正しいんだろうなやはり。
共通語だと「障子を立てて」と言うのであろうが遠州だと「障子立って」と言うという違いがあるくらいで方言と言えるほどのものではなかろうて。
いずれにせよ「仕切る」という意味合いで「たつ」は使われている。なので玄関とか門においては「たつ」は使わず「閉じる」・「閉める」が使われる。
「たつ」は方言ではなく古い日本語の生き残りなんだと勘繰るものである。
*「かう」は「支う」と書ける辞書にも載ってるれっきとした共通語だが何故か遠州弁とされている。何故か。古くて遠州以外どこも使わなくなったからであるに違いない。
「しんばり棒を支う」といった大雑把にいえば「あてがう」という意味である。しんばり棒を支うというのは戸締りをするということ。鍵をかけるも戸締りをするということで
「かう」・「かった」は戸締りをする・したという意味で使われているものである。
だから鍵以外にも「玄関かった」・「窓かった」とか使うものである。
とまあこんな感じで、何年位遡ればよいのかは分からないが以前なら全国どこでも発してた日本語であろうと思える、遠州弁らしい感じがするけど実はそうじゃないだろうというお話し。もっとも変化してない事が方言だと言われればそれまでだが。
歌詞を遠州弁に
お題は「サディスティック ラブ」
【なゆごろう】が歌ってるバージョンが好き。もっとも遠州弁で歌って欲しいとは絶対思わないが。
何故か。それは遠州弁だと可愛げもなにもありゃあせんもんで。
原曲の歌詞は「初音ミクWiki」に記載されてたものを参照
茶化してるつもりも冒涜しているつもりも毛頭ありません。ふざけてると読めるかもしれませんがそんなことは決して無く遠州弁はこういうもんだと真剣に考えました。
尚、一部歌詞内容を変えていますがそれについてはご愛嬌ということで。
やんなっちゃうこんばっか あたしをうっちゃらかいて
(やんなっちゃう事ばっか あたしをそっちのけで )
あんなのとあっちの気い ホントばかふざけてるら
(あんな子とあっちの気 ホントにもうふざけてるわ )
ちびっと強引にい押し入って、ちょびちょびして様子観て
(半ば強引に押し入って チョッカイ出して反応みて)
ああやっぱしかわいいし・・・こんなんに惚れただか・・・
(ああやっぱかわいいよ・・・ こんなんに惚れたのね・・・ )
こさえたみこも 可愛いと思える程
(作った愛嬌も 可愛いと思える程 )
重症やあ、分かってるに ふんでもねえ憎めんだよを
(重症ね、分かってるわ でもホント憎めないの )
あんたぁのリアクションを ただなんしょ眺めたくて
(君のリアクションを ただ単に眺めたくて )
こうやってやたらくしゃ いじってしまうだいね
(こうやって何回も イジってしまうんです)
嗚呼 恋ってやあねえ・・・嗚呼 おぉいい、君色ん染まってくう
(ア~恋ってイヤね ア~ ア~君色に染まってく )
嗚呼あたしんこんなに尽くいてるぅだにい
(ア~あたしがこんなに つくしてるのに )
嫌いんなってくれちゃった方が ちったあ気い楽んなれるだかいね
(キライになってくれちゃった方が もう少しは気楽になれるかもね )
ただ大好きなこの笑顔とか 見れんくなるのぉ我慢せすだけだもんで
(ただ大好きなこの笑顔とか 見れないのをガマンするだけだもん )
甘えんぼとか世に言う可愛い子とか はあそんなあ本質上なれれんもんで
(甘えんぼとか世に言う可愛い子とか もうそんなの本質上なれないから )
サディスティックにもっともっとまっと 終まいなんてはなからありもしん
(サディスティックにもっともっともっと 終わりなんて最初(ハナ)からないわ )
間奏
あのさぁあっ あたしに興味なんてえ 嗚呼 ないこんくらい知ってるに
(ア~ あたしに興味なんて ア~ ない事くらい知ってるわ)
でもおい待ってやあ、何よをその笑みい プレゼントくれて泣くわたしん悪いだか?
(でもちょっと待って 何なのその笑み プレゼント貰って泣くあたしのせい・・・?)
いい加減にしてやあ このどばかっつらあ とんだ勘違いこいたじゃんかあ
( いい加減にしてよ このバカ×5 とんだ勘違いしちゃってたじゃない )
あたしがSであんたがMで なんつう構造を否定するだ?
(あたしがSであんたがMで なんていう構造を否定するのね )
どひょんきんな行ったっきり同士だら だでこれからもホント頼むでねえ
(サディスティックな一方通行同士でも これからもよろしくお願いするわ )
注
反省点としては、多分に男言葉で、可愛げが醸し出せなかった。どなたかこれをいじって女言葉に変換してくれないかと思えるところ。
「あのさぁあっ」というのはイントネーションというか抑揚が上って下がってまた上がるという超独特なもので説明しづらいし表記もこれでいいのか悩むところ。まあ遠州弁の使い手しか解からない言い方であるらしい。
「ちょびちょび」の使い方が少し変だがそれはご愛嬌という事で勘弁。
発想としてはSをブス・Mをイモとしたらというのが浮かんだのだが流石に洒落にならないだろうな。
歌えるかっつったら字余りん多いで「駄目だこりゃ」だらなやっぱ。
遠州弁でお遊び
全部遠州弁の文章を考えてみよう。その5。
ツイッターの呟きの中でどなたかのとある遠州弁の文章をば見つけたり。
「ぽんぽんで、じゅるいみちをちゃっと行く」
五七五調であろうか。
この文章を、もっとぐでぐでの遠州弁にするとというのを考えてみた。五七五はこの際無視して。
状況としては周りが危ないから無理するなと言われてる状況に於いてという前置きをつけて。
「とんじゃかないにい。ぽんぽんだもんで、だあだあにじゅるい道だろうが、なんしょちゃっと飛んでかすでえ。」
訳すと「構う事ないって。オートバイだから、大層ぬかるんだ道でも、とにかく急いで行くこととするわ。」といった感じになる。
これは男の言い回し。女性的な言い回しだと
「かまやへんよを。ぽんぽんだもんでえ。ばかじゅるい道だって、あれだにい、ちゃっと飛んでくだよを。」
とかになろうか。
武勇伝的(自慢げ調)にということであれば
「道んがんこじゅるくてばかえらかっただけえが、ぽんぽんでちゃっと飛んでっただあれ。根性あるら?」
例文音声はこちら
遠州弁でお遊び
ドラマの台本を遠州弁にしてみる。その2。
今回は「ビブリア古書堂」。
(参照したのはザ・テレビジョンの付録?から。)
大輔「あのー、そのサインが本物なら高く売れるかと思ったんですけど、もし分からないなら、他の店に持って行きましょうか?」
遠州弁「あのさぁ~あ、そのサインほんもんだったらがんこで売れるらなあと思っただけえが、分からんだったら、他ん店屋持ってかすかねえ。」
栞子「偽物です」
遠州弁「あんたこれにせもんだにい。」
大輔「え」
遠州弁「なにゑ~。」(ゑは「YE」と発音)
栞子「このサインは夏目漱石本人が書いたものではありません。それは見てすぐにわかりました」
遠州弁「このサイン夏目漱石ん書いたもんじゃないにい。はあ見てすぐ分かっただよ。」
中略
栞子「漱石の没年は大正5年で、岩波書店の新書版の刊行が始まったのは昭和31年・・・・40年も後のことですから」
遠州弁「漱石死んだの大正5年でえ、岩波書店のぉ新書版ん刊行始まったなあ昭和31年だもんでえ・・・・40年も後んこんだもんで。」
大輔「・・・・ああ。死んだ人間がサインできるわけないですもんね」
遠州弁「・・・・ほうか。死んだ衆んサインできるわきゃないもんねえ。」
栞子「・・・・・・」
遠州弁「・・・・・。」
大輔「それ中古だし、きっと前の持ち主が悪戯で書いたんですね」
遠州弁「それ中古だもんで、きっとあれだかいやあ前ん持ち主ん悪さして書いただかいねえ。」
栞子「(すかさず)違うと思います」
遠州弁「(ちゃっと)違うと思うよを。」
大輔「え?」
遠州弁「なにやあ?」(「に」と「や」を強く発する)
栞子「お祖母様がこの『漱石全集』を購入された時には、まだ署名は書かれていなかったはずです」
遠州弁「あんたんとこのおばあさこの『漱石全集』ん買った時分にゃ、まだ署名書かれてんかったはずだにい。」
大輔「なんで分かるんですか?そんなこと」
遠州弁「なんで分かるよをそんだだこん。」