遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「せずようない」は「することがない」
「いずようない」は「居心地が悪い・居づらい」
共通点は「ずようない」
「せずようない」は手遅れ(手の施しようがない)という使い方もされる。
分解してみると
「する」での「せ」・「いる」での「い」
「ず」は打消し
「よう」は「用事」の「用」とも「様」とも解釈される。
「ない」は「無い」。(「ない」を「ん」にしたりするのが遠州弁の特徴であるが、この場合には「ん」にはならない。)
「せずんようない」と「いずんようない」・「せずようんない」と「いずようんない」などと「ん」が入る事もあり、この「ん」を共通語に直すと「せずようんない」とかは「が」が相当するものと思える。「せずんようない」とかについては「る」とも勘繰れそうだし「の」とも勘繰れそうでいまいちよく分からん。
意味的に違いがあるかというと
「せずんようない」・「いずんようない」は「することがない(手持ち無沙汰)」・「居てもすることがない(居心地が悪い)」というニュアンスが強い。
「せずようんない」・「いずようんない」は「することがない(手段が無い)」・「居る意味が無い(居づらい)」
とかいった違いがありそうに思える。(厳密ではなくあくまで傾向)
する・いる以外に使われるかというと(実際の所「する」・「いる」以外では聞いた事無いのであるが)
「見る」→「みずようない」→なんかありそう。意味としては「見ようがない」
「蹴る」→「けずようない」→聞いた事無い
「取る」→「とずようない」→聞いた事無い
「盛る」→「もずようない」→聞いた事無い
「去る」→「さずようない」→聞いた事無い
「やる」→「やずようない」→聞いた事無いが「やらずようない」としたらあるかもしれないと思わせる。
「聞く」→「きかずようない」→聞いた事無い
こうして邪推するとありそうなものもあるが大方は「無し」と言えそうである。