遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
もうあきれ果ててなにもいうことないという訳になる。「開いた口がふさがらない」という使い方と同じである。
分解すると、「はあ」(もう)「もお」(本当に)「あきれかあって」(あきれかえって)「ものもいえん」(ものがいえない)ということになる。「はあ」と「もお」は似たり寄ったりなので、(もう本当に)でも(本当にもう)でもどっちでもいい。
訳なしでも意味が通じるが、結構良く使う言い回しなので要チェックの言葉である。
意味合いは、馬鹿にされてると思ったほうがいい。突き放した言い方ではないので、言われたらニヤっとエヘ笑いをしたほうが無難である。そうやって下手に出れば助け船を出してくれる可能性も出てくる。
突き放しだと「信じれん!」という表現が多く使われる。
例文
「あんた何パンなんかくっとるよう。もう昼食い終わってそれじゃ足らんもんで喰ってるだか?育つねえ。」
(なんでパンなんか食べてるの?昼ごはんじゃ足りないから食べてるの?育ち盛り?)
「それがちがうだあれ。きんのうパッチーでン万貯金してきたもんで金ん無くてさあ。だもんで昼はこんだけ。」
(いや違うんだ。昨日パチンコでン万円すってしまってお金がなくなっちゃってさ。だから昼はこれだけってこと。)
「あんたねえ。はあもおほんとにぃあきれかあってものいえんわ。給料日までまだだいぶあるじゃん。どうせるよう。」
(あんたあ、あきれて開いた口が塞がらんわ。給料日までまだ大分あるよどうすんの。)
「今週の休みで貯金した分取り戻すだあれ。」
「もお信じれん!」
かなりリアルなよくある話し。浜松にはお馬さんはいないがオートレースと競艇にパチンコといった利子もつかないし貯蓄しても還ってこない場合がある銀行がある。大抵の人は貯金のし過ぎで衣食住ともに質素に暮らしてる。