遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
こういう言い方をするのは遠州だけなのかは分からないが
「やんぶいた」
さて、どういう状況をさしているか。
共通語にしたらなんと言えばいいのだろうとちと悩む表現である。
「やんぶく」で「破く」であり
「やぶいた」で「破いた」となるので
「やんぶいた」だって「破いた」でいいじゃないかと言えなくもないのであるが
破く様というか精神状態とかが単に「破いた」ではそのニュアンスが表わされていないと思える。
使い方の例を挙げると
赤ちゃんが大事な書類を喜々として破いてる様をみて
「あっ、も~。やんぶいちゃ駄目だって。よこしなさい。」
この場合なんて事してくれるんだと思ってるが、赤ん坊なので怒る訳にもいかない。という様。ここで「破いちゃ駄目だって」という言い方をすると叱ってる勢いが主になる。
共通語に直すとなると
「あっ、もう。やってくれるじゃない。駄目でしょ貸しなさい。」
とかになろうか。怒るに怒れない叱るに叱れないという勢いが「やんぶいちゃ」にある。
大切な書類がどこにいったか知らないかと訊かれ
「あ~さっきやんぶいて捨てちゃったよを。」
この場合は故意ではないと言ってる。「破いて捨てた」だと意思が働いていると聞こえる。つまり故意ではなく過失だと訴えてる。もしくは無意識。
大事な書類を破いてしまって
「やっべえ。やんぶいちゃったよう。どうしっか。」
この場合でも故意ではなく過失だと訴えている勢いが増す。しかも気付かない間にという「破いてしまった」というものである。
とにかく「和らげよう」という意思が「やんぶいた」という言い方にあることは確かであろうか。
こうした使い方以外には大袈裟に膨らます勢いで使われることもある。
「ちょっと破いただけじゃん。そんなひゃあひゃあゆわんでやあ。」
「このやんぶき方のどこがちょっとでえ。」
ちゃちな・ちんけな・脆い・壊れそうなと言ったつくりが弱そうな様を示す言葉。決して緋鯉真鯉とかいう「こいのぼり」の一種ではない。共通語で近い言葉といえば「やわい」(柔い)であろうか。あくまで近いのであって同じ(やごい=やわい)ではないのだが。
基本骨組みとかの本来がっしりしたものとかがそうじゃない場合を指すので、
「体がやごい」(病気がち)・「骨がやごい」(骨が弱い)という使い方をするもので、「頭(脳みそ)がやごい」とか「性根がやごい」みたいな使い方は珍しい使い方になる。というかあまり言わない。「頭がかたい」の反対は普通「頭がふにゃふにゃ」という場合が多い。
何故か「馬鹿やごい・がんこやごい」はよく使われるが「どやごい」は言わないことが多い。
例文
「なんかさあこの家、馬鹿やごい気するだけど、気のせえかいねえ。」
「そんなことはありませんよお客様。」
「だってさあ、廊下歩くとギシギシいうし、階段ど狭くてこれじゃ荷物出し入れ大変そうじゃん。」
「やごそうではありますが、壊れる事はありませんから馬鹿やごくはありません。お客さまの提示なされた予算を考えるとこんなもんでしょう。」
「ぶっさぐる。ケチで悪かったのっ。」
例文音声はこちら
追記
「やごい」は
「脆弱」・「ひ弱」
といった言葉に置き換えるのが適当か。
「体がやごい」だと「ひ弱」・「虚弱」
「床がやごい」で「脆弱」
といった感じか。
年月がたって劣化したとか消耗・摩耗したとかで「もろく」なってきてるとかを言う場合「やごい」ではなく「やごくなってる」・「やごくなってきてる」などと言う。
「やごい」と言い切るのは元(最初)からそういう状態である事を指すと受け取れる。
「こないだ、ぎっくり腰やったもんで最近足腰やごいだよ。」とは普通言わない。こういう場合は「足腰弱くなった」・「最近足腰弱ってる」とかである。「足腰やごくなった」と言うかとなると微妙。言うかもしれないし言わないかもしれない。
「やっきり」を擬音風に説明すると「い~」である。
決して「き~」といった神経質的なものではない。
直訳?的にいうと「むかっ腹が立つ」であるが、勢い的には「参っちゃう」というもので「頭に来る」手前といった感じであろうか。まあ時として手前の境を越えていたりもするが。
ともかく、それに「こく」・「する」が足されて「やっきりこいちゃう」などとなって
「もう参っちゃうよ」とか「堪らないよ」とかいった限りなく愚痴に近い苛立ちを表現してるということになる。
共通語で近いのは「苛立つ」とか「むかつく」辺りであろうか。
別の言い方と較べてみると
「やいやい」は共通語に直すと「あ~あ」といった嘆きに近いもの。他人に向かって発するものではなく自分に向けて発しているものという事が多い。自分がミスを犯した際に多く用いられる。
「どあたまくる」は「ど頭来る」で訳すと「怒り心頭」といったものになるが実際のところは「むかつく」程度のもので怒りに火が点いてるものではない。ただし相手の対応によっては喧嘩・衝突に発展する可能性はある。
「おこれてくる」は「怒れてくる」と書けて「怒りが込み上げてくる」といったものであり、これに「ど」を足して「どおこれてくる」となると憤慨きわまりないといった趣となる。一触即発な感じが醸し出される。
「往生こく」。「やっきりこく」よりも「あ~あ」という嘆き度合いが強く「やいやい」は自業自得気味だが「往生こく」は自分以外の要因で自分が苦しむことになったことを愚痴っている。
「やっきり」は「怒れる」と「滅入る」の中間のような感情といえなくもない。もっとも限りなく「怒れる」の方に寄っているが。
「やっきり」
明確に共通語に直せる感じがしないのであるが、「悔しい」・「口惜しい」・「思い出してもムカムカ」・「地団駄」とかであろうか。
「やっきりこいた」で「悔しがった」・「口惜しく思った」・「思い出してもムカムカした」・「地団駄踏んだ」・「むかっ腹が立った」みたいな言葉になる。
色んなHPでの説明を見ると、立腹する・癪に障る・じれったい・悔しいとかと説明がなされているようだ。言っても仕方ない事だけれども腹に溜めるには収まりがつかないで態度や口に出るみたいな感じということであろう。
駿河とかでも「やっきり」は使うらしい。が、あちらは「やっきり」は「する」ものらしい。
しかし私らんとこは「やっきり」は「する」ものではなく「来た」ものでもなく「こく」ものである。これは遠州全般かというとそうでもなく限られた小数の使い方らしいので以下の「こく」の説明は飛ばしてもらって一向に構わないものである。
「こく」とは言う・のたまうとかいうことで、それからすると口で発するものが「やっきり」ということになるのだが実際の使い方としては「はらわたが煮えくり返る」状態を表わしていて具体的な「発言」を指している訳ではない。
例えば一言も発せず近くのものを思いっきり蹴っ飛ばしたりしててもその様を「やっきりこいてる」と言い表しているのである。もちろん状態としては「あだけて」いるので「やっきりこいてあだけまくってる」と言うことになるが。
実際の使いどころで考えれば「こく」ではなく「する」・「してる」とかが相応しい筈なのだが実用は「こく」なのである。なんか知らんけど。そういう意味では「する」を使う地域のほうが正しい使い方をしているだろうなと思わないでもない。
で、話しを一般的な遠州弁ということに戻すけれど「やっきり」を分かりやすく訳すというのは難しい。地域によっての違いみたいなものもあろうが共通語の隙間を埋めるような表現というのが方言にはあって「やっきり」はそれに当てはまるような言葉なのかもしれない。もしくは色んな状況を総称してまとめた表現ということも考えられる。事例を幾つか挙げてみる。これらは「やっきり」かどうか。
1・ハンカチをきつく噛んでキー悔しいと憤慨してる
2・気に入らないことがあってちゃぶ台をひっくり返している
3・誰が見ても不公平な仕事を押し付けられて納得いかない
4・好きなものを最後に食べようとしてたのに横から持っていかれた
5・欲しかったのに売り切れてしまって手に入らなかった
6・勝てるかなと踏んだ試合だったがやったらけちょんけちょんに負けてしまった
7・歩いていたら鳥の糞が落ちて服についた
8・のろのろ運転の車が前を走っているが追い越しできずイライラしている
推測だが「やっきり」は一般的には自分の思い通りにならない時に発する苛立ちみたいなものとされているが、自分勝手と取られかねない事をあえてするというのも若干可笑しな話しではある。なのでどちらかといえば不条理に対する不快や憤りを表わす言葉なのではとも思える。もちろんその人の理屈によるもので世間一般の正論とは限らないのでその基準は非常に曖昧なのだがとりあえずは本人は不条理だと思っているということなのであろう。
なので「1」は理由が分からないので「やっきり」かどうか決め付けれない。まあイメージとしては自分の思い通りにいかない様に対して怒ってるようであるので「やっきり」を使えなくもないが。
「2」は不条理に対しての不条理返しみたいなものなので「やっきり」ではなく「頭来た」というべきか。八つ当たりとはいえ一応反撃してる訳で「やっきり」の後の行動だと思われる。もちろんこれで溜飲が下がった訳ではないとかだと本人は「やっきり」を使うかもしれないがこれも共感は得られにくい。
「3」と「4」・「7」は「やっきり」という状態であろう。
「5」は世界は自分を中心に回ってるという考えで買えないのは他人のせいという意識であれば本人は「やっきり」であろう。
「6」は明確な実力の差であり不条理の要素が無いので「やっきり」しようがない。何で自分に才能がないんだと嘆けば「やっきり」の要素はあるが。
「8」は「やっきり」であろうがこの場合の「やっきり」は「じれったい」と訳すのが妥当か。でも普段の車の流れを堰きとめている前を走る車にちゃんとしろよと思ってることには違いなくそんな車に遭遇した事に「ついてない」感を抱けば「やっきり」となるだろうか。
これらのことから考えると不条理を探し出して見つければ大抵のことに「やっきり」を使うことができる。他人からみれば自分勝手や理解不能とかであっても本人がそう思えば「やっきり」なんだと。
方言とかではなく古い日本語の部類に属すると思えるが。
古い日本語が残ってるのが遠州弁の特徴のひとつであろうか。
「ゆわく」漢字にすると「結わく」。
辞書に、他動詞五段活用 (方言) ゆわえる。 と説明されている。
(ネット辞書には方言という記載は無いので最近方言枠から外れた共通語と言えるかもしれない)
標準語的には「ゆわえつける」(結わえつける)・「ゆわえる」(結わえる)と言うのが一般的な共通語となるらしい。といっても「ゆわく」も十分共通語であるが。
意味としては「ゆわく」は「結ぶ」(むすぶ)というものであるが
紐などで物とか髪を結ぶ際に使われるもので(紐に限定されるものではない)
縁とか契(ちぎり)とかいった目に見えないものを結ぶ際には用いられない。
以前記事にした「ゆわう」との違いや使い分けとかは・・・いまいち定かでない。
「ゆわえる」を「ゆわいる」となることは無い。
実用的には「ゆがく」(湯掻く)と混同しやすい紛らわしさがあったりもする。
なので調理場とかで「それゆわいといて。」と言われたのを勘違いして、なんでこんなのをと変だなと想いながら、でも言われたからと「ゆがいて」しまって後で「なにやってるだあ。」とどんじかられる洒落にならない作り話しもあながち嘘くさくは無い。
例文(「ゆわう」での例文とほぼ同じ)
「がっちがちにゆわいてあるもんでほどけやせん。」
(きつく縛ってあるから解けない。)
「かしてみい。・・・・・って、ほんとや、どんがたいやあ。」
(どれ、・・・・・って。ホントだ、凄いかたく結んである。)
「だらあ?」
(だろう?)
「誰よを、こんなゆわい方したのぉ。」
(誰がやったんだよ、こんな結び方したのは。)
「しらんだあ。」
(さあ。)
「ひょんきんだやあ。どんだけ馬鹿力だいね。」
(有り得ないよなあ普通。どれだけ馬鹿力なんだよ。)
例文音声はこちら
注、「ゆわい方」は「ゆわき方」としても可。