遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「破った」というのを遠州弁では
「やぶくった」・「やんぶった」・「やんぶりさった」・「やんぶりくさった」
等々色々種類がある。三河っぽいとこでは意味的には異なるけれど「やぶさりんさった」とかいうのも有り得そう。
「約束をやぶくった」とかいう使い方はしないので実際にある物を「破った」時にのみ使われるものであろう。
それぞれ意味は似ててもニュアンスは当然異なるというものであるが
例えば猫が障子をというのであれば
「ねこんやぶくった。」だと猫の野郎が破りやがったといった「まったくもうしょうがないんだから」といった勢いになる。
「ねこんやんぶった。」だと猫が破ったという「破ったのは猫」という勢いになる。「やんぶいた」という言い方も同じ。
破る意思を持ってたといった故意の勢いが強いのが「やぶくった」。派手に破ったとかいう破き方の程度の違いといったものではない。
「やんぶった」の場合には故意の場合にも使われるし、破る意思はなかったが事故(結果として)で破ってしまったといった場合でも使われる幅の広さがある。
ちなみに「やんぶれた」とすると自然にとか事故でといった意思が働いてのものではない勢いが強くなる。
例
「ねえ、先生。○○ちゃんが廊下の張り紙やぶくったにい。」
これだと故意に張り紙を破いたと報告している。
「ねえ、先生。○○ちゃんが廊下の張り紙やんぶったにい。」
これだと何かの拍子で破ってしまったという解釈と故意に破ったとどちらともとれる。「破れてしまった」のではなく「破ってしまった」というもの。
「ねえ、先生。○○ちゃんがこけたもんで廊下の張り紙やんぶれたにい。」
これは転んだ拍子に張り紙が破れてしまったととれる。
なお、「破られた」を「やんぶられた」とは普通は言わない。「やぶられた」である。「破かれた」を「やんぶかれた」とは言う。
例文音声はこちら
全国的な俗語なんだろうけど遠州弁での使い方をば
もしかしたら独特なものがあるかも・・・・ってそりゃ無いかあ。
「やっぱ」
「やはり」の俗語であろう。遠州ではよく使われる。
イントネーションの違いでニュアンスを使い分けている節が感ぜられる。(必ずこうなるというものではないのであしからず)
「やっぱそうじゃん。」を例にすると
「や」を強く発すると
「ほらあやはりそうだったじゃない。」といった相手を責める感じになる。
「ぱ」を強く発すると
「そうじゃないかと思ったんだよ。」といった自分が納得したといった感じになる。
他の言い方で「やっぱし」というのがあるが
「やっぱしそうじゃん。」だと思った通り(予想した通り)といった結果に納得してる勢いが増す。「ぱ」を強く発す「やっぱ」との違いは「やっぱし」は相手に向かって言ってる勢いが強い。
例を替えて
「やっぱそう思っただよ。」だと
「や」を強く発すると
「ほら思ってた通りだったじゃないか。」
「ぱ」を強く発すると
「なるほどね」的な思ってた事と若干違っていたので考えを改めよう(修正しよう)という意識がそこはかとなく付加される。
他にも「やっぱあ」という言い方があり、これは上手く説明できないがざっくり言うと「やっぱ」の強調形といったものであろうか。
まだ十分屁理屈こけないが、遠州弁では「やはり」・「やっぱり」・「やっぱ」・「やっぱし」は使い分けがなされているように思える。しかもイントネーションを変えてニュアンスも使い分けてると。勿論無意識であろうが。
「湿気て紙んまるまる。」(湿って紙が丸くなる。)
「するめ上手く炙らんとすぐまるまるでねえ。」(スルメは上手く炙らないと直ぐに丸くなっちゃうからね。)
「まるまる」は「丸める」(丸くする・髪を剃る)の自動詞形だと辞書を引くと書いてある。なのでこれは共通語ということになる。ホントかねえ。どっかよそ行って意味通じるかどうか試してみたくなる。普通は「まるまった」とか「反る」を使うほうが一般的のような気がするのだが。
他の使い方として
「まるまるどっかやっちってえ。」(全部どこかに失くした。)
というように「全て」という意味の場合もある。この「全て」は他にも「まるさら」(まるごと)と言う表現もある。
そんで「まるまる太って」(丸々と太って)という使い方も当然あるので、
「水ん濡れて本まるまる。」だと本が膨らんだのか全部使い物にならなくなったのか丸く反り返ったのか判断できない。結構ややこしい言葉である。
アクセントは「丸める」はmaru MAru 「全て」はmaRU maRU 「丸々」はMAru MAruと言う風にうちの集落では使い分けをしている。
勝手(意図せず)に丸くなるような場合とかには「まるまある」、意図せず(勝手)に丸くなったとかの場合だと「まるまあった」などということもある。
例文
「なんかさあ。冬とかんなるとさあ。外に居てさぶくて凍えてまるまってる人いるじゃんか。ああゆう人見ると後ろっからぐわしってなんかかぶさりたくなるだよねえ。」
(あのさあ冬外で寒くて凍えてうずくまって丸くなってる人見かけるだろ。そういう人を見ると思わず後ろからつい抱きつきたくなっちゃうんだよねえ。)
「気いつけなよあんた。本能のままにそんなこんしてたらちゃっと警察飛んでくるにい。」
「実際せる訳ないじゃん。そう思うだけだって。」
「ならいいけどやあ。」
「小学校ん時、冬外で体育の授業で、クラスの子んさぶくてまるまってたんでかぶさったらぶちきれられて、それ以降やっちゃいんもん。」
「やってるじゃん。」
例文音声はこちら
「雨んもおる。」(雨が漏る)
漏るを「もおる」と発する。
盛るを「盛おる」とは言わない。守る(もる)も「守おる」とも言わない。
因みに、子供のお守りは「もんりい」と言う(野郎言葉である)。
「おしっこを漏らした」の場合は、「漏らいた」となり「漏おらいた」にはならない。
茶碗にいみり(ひび)がいって漏る場合は「もおる」になる。
仲間に入れてと言う意味である。「まぜる」には当然、交ぜるという共通語の意味もあるが、遠州では人に対しても使う。逆は「はぶせ」。
ま、想像だが「まじわる」か「まじる」が「まぜる」に訛ったという話しではあるまいか。
「やあ、みんなしてなにやってるだあ。ワシもまぜとくりょうやあ。」
(ねえ、皆集まってなにしてるの?私も仲間に入れてくれないかい。)
「今から呑み行くだあ。おめえも来るか?寿司だでちっと会費奮発しんとかんだけどやあ。」
(今から呑みに行くの。君も来るかい。寿司だからワリカン金額高くなるけどね。)
「小遣い使い切っちまうわ。そんだだったら無理だわ。そういうこんならワシまぜてもらわんでもええでねえ。」
(小遣い使い果たしちゃうよ。あきらめるわ。そういう話なら自分は仲間に入れなくてもいいよ。)
別の奴を見て
「どうせる?あいつもまぜる?」
(どうする?あいつも仲間に入れる?)
「あいつんまざると会費分以上食ってけつかるで損だに。」
(あいつが入ると会費以上に食いやがるから損だよ。)
「つったって声掛けとかんと後ではぶせにしたって恨まれるにぃ。」
(そうは言っても声掛けとかないと後で仲間はずれにしたって恨まれるよ。)
「ま、とにかくがんこ飲まいて喰えんくさしときゃええら。だで声かけとかすかねえ。」
(まあとにかく沢山呑まして食欲なくなるようにすればいいかあ。それじゃあ声掛けとくか。)
「そうすっかあ。」
(そうしよう。)