遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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まああくまで言葉遊びなんですけどね。特に意味はございません。
*「きらしゃあせんようすごっくざくっとなんか」
多少強引ではあるが遠州弁である。これを訳すと
「綺羅シャア専用ズコック ザクと南下」
となる事は決してなく
「切らせはしないよ凄くザクっとなんか。」
という訳が正しい。
*「ですらあですらあいすかんだりせんですらあ」
ここまでくると遠州弁でもなんでもないどこの言葉なんだかであるが。これを訳すと
「デスラーデスラーイスカンダル星デスラー」
となる事は決してなく
「デスラーでさえ椅子噛んだりはしないでしょうなあ」
という訳が正しい。
*おまけで、次はぐでぐでの遠州弁を。ここまでくると他所の人では理解不能かなという文。男性言葉。
「あのばかっつうのせえで はあぱっぱらぱあんなって、そんで なんしょ だあだあに きぜわしくなってらんごかねえくて やっきりこいたもんで ほんとおこれてしょんない。 あったあきたで帰らすかな。」
(あの野郎のせいでもうしっちゃかめっちゃかになっちゃって、それでとにかく収拾つかない程の忙しさに追いまくられて雑然となっちゃったせいで気分が悪くて全くもって怒りすら湧いてくるよ。頭に来たから帰っちゃおうかな。)
「まあそをゆわすとを。時間までやらまいや。」
(まあそんな事言わないで。時間まではやろうよ。)
例文音声はこちら
間違っている訳ではないがざらつきを感じる言い回しというものがある。
「教室であだけちゃかんて」
「あだける」は「怒りに任せて感情を制御出来ず暴れ捲くる」もしくは「始末に負えないほどごねる」などという事なのでこれだと受けるイメージは教室はさぞかしな荒廃した修羅場である。ちんぷりかあるのバージョンアップしたものが「あだける」であり「騒ぐ」の質が異なる。
もっともその学級がすでに崩壊してての上の「あだける」であるなら相応しい表現ではあるが。だとしたらそんなクラスにはいたかあないところである。
「はしゃがないで静かにしましょう」と言いたいのであれば
「教室でくるってちゃかんにい」・「教室はくるうとこじゃないだにい」
などと言えばよいのではなかろうか。
遠州弁における「くるう」は共通語的な「狂う」とはニュアンスが若干異なり我を忘れて興奮する様を表わすもので「場をわきまえずはしゃぐ」というのに適している。
他には「ちょうける」という言い回しもアリではあるがこれは先生とかが言いそうな高い上から目線な感じがしないでもない。
「おどける」は遠州弁では「驚かす」という意味であるが「おどけてちゃかん」ということであれば「馬鹿な真似はやめなさい」という共通語的な使い方になるのでこれもアリではあるがあまり方言っぽくないので面白くはないところである。
例文音声はこちら
「ちんぷり」とは何ぞやという奥の深い事はひとまず置いといて。
「ちんぷりかある」か「ちんぷりかく」かどっちなんだというお話し。(一応ちんぷりとは大雑把に言えばすねるということ)
別にどっちが正しくてどっちが間違った使い方だという気はさらさらない。ただこの違いはどう異なってどういうところで使い分けをするのがいいのかという考察であります。もちろん私見なので正解ではありません。
「かある」とは「反る」(かえる)の訛ったものと思われ辞書の説明によると「反る」とは「その状態以外の何ものでもないことを表わすもの」である。つまり「ちんぷりまくってる」というような勢い。
「かく」とは「べそをかく」・「吠え面かくなよ」などという使い方の「かく」と思われ辞書の説明によると「かく」とは「望ましくない状態を呈するもの」である。おそらく「ちんぷりな状態になっている」とでも申せばいいのであろうか。
ということは「ちんぷりかく」はちんぷりそのものになっている状態で「ちんぷりかある」はそのちんぷり状態が衰えることなく続いている様ということか?なんか違和感があるなあ。
似たような言い回しをネットで探ると
甲州弁で「おちんぶり」・茨城弁で「ちんぷりこく」
などがあった。いずれも「ちんぶり・ちんぷり」とはなんぞやという説明までは記載されていなかった。ちなみにどちらの言い方も遠州では使わない。
ちなみにうちらの近辺では「ちんぷりかある」が主に使われ「ちんぷりかく」はほとんど使われない。
詰まるところ「ちんぷり」とは何ぞやというのが説明できない限り説得力もない訳でまあつまり行き止まりで往生せざるを得ないようだ。
辞書で近い言葉があるか探ってみる。少なくとも「陳腐」は似ても似つかないところである。他には
ちん(副詞) ーと 落ち着いてすましている様子。「ちんと座る」。
というのがあった。「ちんぷりかある」だとすねてそっぽを向くという状態を表わす際でも使うので「我関せずと知らん顔して横を向く」という意味で「ちんと横向く」→「ちんと顔を横振る」→「ちんとふる」→「ちんふる」→「ちんぷる・ちんぶる」→「ちんぷり・ちんぶり」とか言う風にでもなったのかな?でもなあ「ちん」に「すねる」みたいなニュアンスなぞないし第一「ちんぷる」という言い方もないものな。この屁理屈は無理がありすぎるからやっぱ妄想にしか過ぎないところだろうな。
本当に「ちんぷり」ってなんだろう。
ウィキペディアの「遠州弁」の記事でちょっとお遊びを。決して茶々入れるとかじゃなく単に遊んでるだけですのでお間違いなく。なんかね、自分の使う遠州弁と違うんでそれと比較してみようかなということですわ。遠州弁にも色々あらあなということですよね。
とあるウィキの例文。今回はわかりづらいやというお話し。
「そこにいたっただに」
訳はA「そこに居たんだよ」とB「そこに居たのに」と二通りのものが考えられる。
この文章、ポイントとなる「だに」のイントネーションが違うので耳で聞けばどっちなのか分かるのであるが文字だけだとどちらと言ってるのか分からない。
「ついさっきまでそこにいたっただに なんで声掛けんかったよを」
となればBである。
「ついさっきまでそこにいたっただに ホント嘘じゃあらすか」
となればAである。まあこういう場合「だに」じゃなくて「だにい」が普通使われるので比較としての説得力が薄いが。
まあとにかく、つくづく文字だけでかつ簡潔な文で方言を伝えるのは難しいものである。
もちろんどちらもそれぞれの項目の中で説明されているので抜けてるという話しではなくてどっちともとれるという判りづらいというだけの話しであるが。それだけ方言というのは同じ言葉をイントネーションを変えて別の言葉(使い方)にするという事が頻繁だという証でもあろう。
「~だっぺ」・「いなかっぺ」とかいう「っぺ」・「ぺ」。
「田舎者」は「いなかっさー」と「っさー」であり遠州弁では「っぺ」という言い回しはしない。愛称とかも同様に「しげっぺ」とかではなく「しげさあ」とかである。
辞書によると「ぺ」(接尾語){兵衛の変化「ぺい」の短呼}①非都会人的な(洗練されていない)人に対するけいべつの意を表わす。②身近の人の名前につけて親しみの意を表わす。とある。「さ」は辞書には載っていなかった。
遠州における「ぺ」の印象は「屁」が先ず第一に思い浮かばれ、すかしっぺ・最後っぺとかいった「屁」についてしか言葉が浮かんでこない。
そうはいっても全く使われないと断言する訳にはいかず、例えば「言いだしっぺ」とかは使っている。他の言い様を知らないということもあろうが。
辞書にある①の意味での使い方は遠州でも使う。使い分けとしては「っぺ」は軽蔑で「っさー」は愛嬌(愛称)という使い分けであろうか。個人差はあろうが「っさー」は侮蔑的に言う際には普通は使わないものである。(言われた方はどう捉えるかは別としてだが)。侮蔑的に使うとしたら「っさ」の方であろうか。例えば「田舎っさ」とかだと①の使い方で「田舎っさー」だと②の使い方に近いみたいな。
②についてはこれも個人差・地域差はあろうがあまり芳しくないところである。遠州で親しい証として愛称とかで「っぺ」を使ったとしたらそう呼ばれた方にしてみればいい気はしないところではあろうから注意が必要ではある。
つまり「っぺ」と同じ意味をなすのは①の意味の場合遠州では「っさ」②の意味の場合は「っさー」ということであろうかと。あくまで私見である。
①・②以外の使い方として「っさー」は以下のようなものがある。同じ言葉かどうかは定かではない。まあ当然他人の空似で別の言葉であろうが。
使い方例としては
「もっさりとしてるなよ。」を「もっさーとしてんじゃねえわ。」
「一度にどっさりと寄越すなよ。」を「一遍にどっさーと寄越すなや。」
こういう言い回しの効能は「うんざり」といったニュアンスが籠もるところであろうか。