遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
某国営放送のドラマにおけるスタッフロールを見ると、方言指導・~ことば・誰某としてある。
つまり土佐弁を土佐ことば・薩摩弁を薩摩ことばと。
言葉ではなくことばとひら仮名表記してある。外国語だと英語仏語とかであるが国内においては遠州語とかいう表記ではないようである。
るーるはもちろん必要である。
辞書にある各言葉の説明は
方言「地域的に見た、それぞれの言語(体系)の違い・狭義では共通語と違うものを指す)」。
弁「地方名の後につけてその地方独特の言葉遣いであることを表す」
ことば「社会ごとに決まっている、音声による表現」。
つまりなにも間違った使い方をしてる訳ではもちろんない。
でもなんでしょ、実際のところで考えると遠州弁としか普段言わないし「ことば」だと浜松ことばとか磐田ことばといったように遠州弁の中の細分類された言い回しという意識に思えるだけにもし「遠州ことば」と表記されたら違和感を感じるな。
「弁」という言い方は100姓と同じで自分が言うには問題ないが他人が言うと差し障りがあるということなのか。あまりそんな意識はしないのであるが。
方言という枠なら三河と遠州はひとくくりになるような気がする。なにせよく似てるから。ただ同じ言葉でもニュアンスが違う時が多々ある。
弁というのなら今の遠江の国の枠がしっくりくる。言い回し的には共通性を感じるが知らない単語が横行していたりもする。
ことばというのなら市町村別の枠だと思える。
つまり、なにを言いたいのかというと、今後もあり得ないことであろうがもし遠州弁をドラマで使うことがあったら某国営放送は「遠州ことば」とテロップに表記するんだろうな。でもそれってすごい違和感を感じるよな。
遠州弁においては「だら」・「だに」・「だもんで」とかがもてはやされる昨今であるが、他にも色々と言い方はあるだよ。その一部を羅列してみるべえや。
もちろん「だに」という言葉なぞはなく「だ」+に」であるように合体によって生み出されている物物であるが。(注、共通語訳については直訳というより誇張した勢いのものもあります)
「だいね」
「そうするだいね」(そうするだよね)
「だいな」
「そうするだいな」(そうするんだよな)
「だなや」
「そうせるだなや」(そうするだよな)
「だあな」
「そうするだあな」(そうするんだよな)
「だのえ」
「そうせるだのえ」(そうするのが賢明だね)
「だわ」
「そうせるだわ」(そうするつもりだ)
「だわあ」
「そうするだわあ」(そうするんですわ)
「だわな」
「そうするだわな」(そうするんだなこれが)
「だや」
「そうせるだや」(そうするんだ)
「だでね」
「そうせるだでね」(そうするんだからね)
「だかいや」
「そうするだかいや」(そうするのかな)
「でえの」
「そうするでえの」(そうするだよね)
他にも「だわさ」・「だかや」・「だいや」・「だで」等諸々とある。
逆に遠州では使わない言い回し
「ダスな」・「だんべ」・「だしょう」・「だじょう」・「でんな」・「でおま」・「でごわす」・「であります」・「でげす」・「でんがな」。傾向としては「で」よりも「だ」を多用する種族とも勘繰れる。
例えば
「ほんに この世は おそろしや」
という古文チックな文章。これを遠州弁に変換すると
「ホントこの世はおそろしいやあ」
となる。
つまり普段使わない「ほんに」を普段よく使う「ホント」に置き換えて、「おそろし」を今の「おそろしい」に「や」を長音化し、「おそろしい」と「やあ」とするとばっちり遠州弁になる。
微妙に変化しながらも古文テイストが生き延びてるのが遠州弁ではなかろうかというお話し。だからといって遠州人は古文がなんとなく読める事が出来るという訳でもない。
二人称である「お前・あなた」という言い方で遠州では使わない言葉。他にもあろうが思いついた限りだと
「われ」
「きさん」
「おまん」
「みしゃん」
「あんさん」
「おまえさん」
「君」(皆無ではないが普段使いでは言わない)
「あなた」もどちらかといえば「あんた」となることが多いので、改まった時(共通語を話してるつもりの時)とかでしか使わないといえば使わない。
「てめえ」は二人称としても使われるが「てめえでなんとかするんだな」(自分でなんとかするんだな)という風にも使われる
では、相手を呼ぶ際の基本の遠州弁はなにかというと。
女性は「あんた」が主流であることはほぼ間違いないところであろう。
問題は男であるが「おんしゃ・おんし」は私らんとこではそう頻繁に放たれる言葉ではない。実用では「おめえ」・「おまえ」。「なあ」・「やあ」・「おい」とかで済ます事も多い。とはいってもこれらが遠州弁の基本というにはぞんざい過ぎて異論が出るであろうところである。
基本はというと愛称で呼ぶというのが基本ではなかろうか。よくは知らない人に対しては「あんた」であろうか。
話し変わるが知らない人からいきなり声を掛けられるという際、「おにいちゃん」・「「おにいさん」とかいう言い方。遠州弁だと「にいちゃ」・「あんちゃあ」とかになるのであるが。
知らない人から「にいちゃ」とか「あんちゃあ」とか声かけられたら警戒するところであるが発してる本人からすれば「やあ」程つっけんどんでなく「おめえ」程馴れ馴れしくもなく丁度いい塩梅に思えるから使うのであろうがこれほど意識が伝わらない言葉が不変というのは不思議である。他に言い方が存在しないからなのだろうがもし見事にはまる表現を見つけたらこれは凄い発明(もしくは発見)ということになるのだろうか。
「懐かしい」に「ばか」と「ど」を付けるとどうニュアンスが変わるのか。
「ばかなつかしい」。もう懐かしさでメロメロという勢い。想いが明らかにその時に戻っている(タイムスリップしてる)印象を与える。共通語で近いのは「なんて懐かしいんだ」辺りか。
「どなつかしい」。実は左程かく言うは少なし。余り感情が籠もっていない印象を与えるところである。共通語にすると「ひたすら懐かしい」という感じであろうか。
「ど」を普段使わない分他にはどういう言葉を使っているかというと
「がんこなつかしい」。これだと年月が相当経っている印象を与える。共通語だと「とても懐かしい」かな。
「えらいなつかしい」。これもほぼ「がんこ」と同じ印象であろう。共通語なら「相当懐かしい」だろうか。
例文
「こないだ押入れ片してたらどなつかしいもんめっけちゃってえ。」
(この間押入れを整理してたら大層懐かしいもの見つけたよ。)
「なにい。」
(なんをだよ。)
「ぺったん。」
「おおそりゃまたがんこ懐かしいもんめっけたじゃん。」
(へえ、そりゃまたとても懐かしいもの見つけたじゃないか。)
「だらあ?鉄人の絵柄のなんかばかなつかしかったにい。」
(そうだろ?鉄人の絵柄の物なんか懐かしい限りだったぞ。)
「鉄人かあ。えらいなつかしいやあ。隠密剣士とかわあ。」
(鉄人か、なんてなつかしいんだろ。隠密剣士とかはあったの?)
「隠密剣士は無かったけどソランとか宇宙エースとかはあった。」
注、最初相手が乗ってくるか分からなかったので「どなつかしい」を使い、「がんこなつかしい」と乗ってきたので「ばかなつかしい」へと移行したという展開。