遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁関連
昔と今の言い方の変化
厳密にいうと「っつっつら」と「っつったら」
「づら」から「だら」に
例えば
「『づら』っつっつら」
共通語に訳すと「『だよ』って言ったろ。」。ニュアンス的に言うと「『だよ』と言い切っただろ今。」って感じになる。
「あんた今『そうづら』っつっつら。んな勝手に決めつけていいづらか。」
(あんた今『そうだ』って言ったろ、そんな勝手に決めつけていいのかよ。)
といった具合。
で、「づら」は旧遠州弁化しつつあり、その使い手さんは非常に希少と言えるであろう。歳がばれるが私ももう35年下手すりゃあ40年以上近く出遭った事が無い。
私が今迄に出会ってきた昭和ひと桁生まれの人はおおよそ「だら」の使い手であり、ということは「づら」の使い手となると大正か明治の生まれの人辺りまで遡らないといけないわけで。そうなると今御歳100を超える辺りという大雑把な計算になるわけで、ほとんどもう出遭えるチャンスはないのかもしれない。
もっとも私の地域の遠州弁ではという話しで、それ以外の遠州の地域ではまだそこまで遡らなくともづらの使い手さんは居られるやもしれぬが。
昔っから市内地は「だらだに」で市街地は「づら」だと最近の若い衆の中には誤解してる人がいるみたいだが、それは間違いで、昔は遠州何処でも「づら」であったのが「だら」にと変わるタイムラグが生じてそういう風に映ってしまっているのである。
ま、いずれにせよ最初に挙げた例を今はどう言ってるかというと
「『だら』っつったら」
という風になる。
「あんた今『そうだら』っつったら。んな勝手に決めつけていいだか。」
といった具合。
「づら・つら」は万能に近いが「「ら」(だら・らあ)は推量というか憶測のみという細分化使用という感じなので「いいづらか」は「いいだらか」ではなく「いいだか」となる。
遠州弁関連
これは遠州弁なのか?という疑問。
「~してごらんな」とか「~してみなよ」とかいう意の「ごう」
「してごう」だと「してみなよ」
「見てごう」では「見てみなよ」
といった風に訳すことになる。
で、これは遠州弁なのか?という話し。
個人的にはこれは駿河の方言であって遠州弁ではないと思っている。
なにせ自分浜松の人間だがこういう使い手は身近にはいない。実際耳にしたことがない。ネットやテレビとかで見知るものであり、駿河の衆が話す際に出てくる物言いだと解釈してる。
でもまあ、遠州も広いし川を挟んでるとはいえ駿河とは地続きと言える程に行き来はしてるので東寄りの遠州地域では実際使っているのかもしれない。
大きい括りの「遠州弁」としては「ごう」は遠州弁と言えるのかもしれないが、西寄りの浜松辺りでは「ごう」は遠州弁とは思えないと感じる。
じゃあ浜松では普通なんと言うかというと
「してみい」・「見てみい」。女性表現なら「してよを」・「見てよを」(多分「よう」の変か)
といった「みい」が一般的と思われる。命令調なら「みよ」、「ごらん」調(してごらん・見てごらん)なら「してみない・見てみない」といった風になる。
でも、つまりは、「ごう」という言い回し。全域で使われる訳では無いが遠州弁だと言う人がいるんだから遠州弁なんだろうな。しかして一体どこら辺が使うんだろ。
蛇足だが
「してこ・してこう」・「見てこ・見てこう」とかいう言い方はする。これは「来」である。「ごう」を漢字で書くとなんになるのか分からないが少なくとも「ごう」=「こう」という事ではなかろうて。
この「来」。「こ」と読む以外にも「き」と読んで
「してき・してきい」・「見てき・見てきい」
といった言い方もしたりする。まあこれだと多分に関西に近くなる言い回しであるが。
遠州弁関連
問題です。
以下の遠州弁を共通語に直せ
①「ゆやああげただにい」
②「ゆやああげただにい?」(要は語尾が上がる)
「だに」の初級としては
「だに」→「だよ」・「だにい」→「だよう」
「そうゆうもんだにい」で「そういうものだよう」と訳すことになると説明した。
で、中級編としては
「だに」→「のに」・「だにい」→「のにい」
というものがあるという事を紹介するものである。
「ゆやああげただにい」で「言えばあげたのにい」(①の答え)
「ゆやああげただにい。なんでゆわんかったよを。」
(言えばあげたのにい。どうして言わなかったんだよ。)
無論音が同じというだけで「だよ」という意の「だに」とは別物であろうと。
で、で、ここで問題②の答え
「ゆやああげただにい?」としたらさてというので答えは
「言えばあげたんだよ」
「ゆやああげただにい?それゆわんかったもんであげんかっただよ。」
(言えばあげたんだよ。それを言わなかったからあげなかったのさ。)
まあ「?」で疑問符調にしたのでこんがらがったかもであるが、疑問調に語尾を上げる言い方は「だ」を強調する言い回しなのである。
で、ポイントとしては、「だに」というのではなく「だ」+「に」であるということ。
「だに」でひとつという言葉は存在しない。だから「だに」といっても「だよ」となったり「のに」となったりいう違った意味使いになっても不可思議なことではない。
遠州弁関連
ただの言葉遊びです。
旧い遠州弁「づら」を使っての言葉遊び。
あくまで言葉遊びです。「づら」を使いたいが為の無理繰りです。
「あんた今『見がつらつらつら思うにありゃズラづら。』っつっつら。初対面なんづらで『ズラづら』だなんて失礼こいちゃかんづらよ。」
「づら」を如何に多く含ませるかに懸けたが、如何せんこれぐらいしか思いつかんかった。自分は使い手ではないのでこれが限界か。
一応共通語に直すと
「おい、今『見がてらつらつら思うにあれはカツラだな。』って言ったろ。初対面の人に向かって『カツラだろ』なんて失礼な事言っちゃ駄目だろうに。」
蛇足で一応今の遠州弁でいうと
「あんた今『見がつらつらつら思うにありゃズラだら。』っつったら。初対面なんだで『ズラだら』だなんて失礼こいちゃかんて。」
遠州弁関連
「りん」を遠州弁とみなすという傾向。
最近はそうなんだろうか?という問い。
遠州弁の収集を目的(記事のヒントを見つける)として暇を見つけては「遠州弁」で検索してネットを徘徊したりしているのだが。
最近なんかツウィッター辺りで気になる書き込みをよく目にする。
それは「じゃんだらりん」を覚えれば遠州弁の使い手になれるというもの。
大体は他人様の意見を否定しない姿勢でいるのだが、これについてはちょっとなあと思ってしまう。
自分は浜松人だが、「りん」を使う人は豊橋から来てる人くらいなもんで遠州弁ではなく本家は三河弁でそれが一部地域(県境とかに)伝播されたものだと認識している。
この認識は正しいと思っているのだが、こうもやたらくしゃ「じゃんだらりん」は遠州弁で「りん」を覚えれば遠州弁の使い手になれるというのが多いとあれ?と揺らいでしまいそうになる。
憶測邪推を巡らすと
少数の人が手を替え品を替え連呼して大勢の如く映しているのか、もしくは県境の湖西辺りから非常に強い影響力を持つ人物が表れてそれに若い世代が感化されつつあるのか。
実際多くの人が使うようになり始めていてホントにそうなりつつあるのか、もしくは県境の湖西周辺の人口が急激に増えて席巻し(隆盛を極め)つつあるというのか。
どれもそういった話しは聞かないんだけどなあ。
世代の違いで言葉も違う(変化してくる)というのは確かにあるが本当に「りん」は浸透しつつあるんだろうか?
「づら・つら」から「だらに」にと変化してきたのを体験してる身なので「りん」も有り得なくはなさそうではあるが。それにしてもなあ。
「食べなよ。」は「食べない。」であって「食べりん。」とは言わないよなあ普通には。
ネットに書かれてることを鵜呑みにする程素直じゃない自分としてはやはり懐疑的なのだが、はたして現実や如何に。