遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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使い方は「使いおおせん」。訳すと「使いきれない」といったものになる。広い地域で使われてるであろうと思われ遠州弁かどうかは甚だ微妙であるが一応記載。
この言い方以外にも「おせん」という言い方が存在する。
「使いおせん」。これも訳すところは「使いきれない」となる。
このふたつに違いは有るかというと実際は微々たるものでほとんど無いのであるが
「食べおおせん」だと食べ尽くせない。量的に食べきれないといった趣がある。
「食べおせん」だと食べきれない。なんらかの制約によって完食することが出来ないという趣がある。
「やりおおせん」ならやれる量ではないという趣がある。
「やりおせん」では環境や条件・能力などを越えてるという趣が湧く。
こういうことから「歯が悪いので食べきれない」という場合に
「歯あ悪いもんで食べおおせん」というのでは間違ってはいないが違和感を感じるもので
「歯あ悪いもんで食べおせん」という方がしっくりくるものである。
古語辞典では
「おほす」(果す){他動詞サ行下二段活用}果たす。なしとげる。してしまう。
というのがあって「おおす」の打消しで「おおせぬ」→「おおせん」となったという勘繰りが成り立つ。
「おす」・「おせん」については邪推しようにも近い意味合いのものはなかった。かろうじて「をす」(食す){他動詞ラ行四段活用}①「飲む」・「食う」・「着る」などの尊敬語。②治める・統治する意の尊敬語。おおさめになる。というのがあったが、飲む食う着るに限ったものではないしそもそも尊敬語でもなかろうてということでこれも遠そうだ。
「おせん」については根拠がないのだが「おおせん」については下手の勘繰りがもし当たっているのなら古語の生き残りという風に考えられる。
ちなみに「おおす」・「おす」という打消しでない言い方は「やりおおすにゃ骨ん折れるにい」とかで存在してそうだが実際耳にしたという記憶は無い。「やりおおす」というより「やりとおす」(やり通す)だものなあ普通は。なので「おほせぬ」(果せぬ)=「おおせん」と言い切ることは出来ないところがこの勘繰りの弱いところである。
例文
「宿題がんこ溜まっちゃってえ。とてもじゃないがやりおおせん。」
「あんたの頭じゃ溜めてんでもどっちみちやりおせんじゃん。」
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