遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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のぼせかえるが訛ったもの。単純にそれだけかと思っていたけれど辞書に「のぼせかえる」は載っていなかった。ネットで調べると「東海道中膝栗毛」の一節しか検索されてこない。
つまりこれは古語か?それが遠州では現役で使われているということか?でも「むせる」で「むせかえる」という表現は生きてる訳だから「のぼせる」で「のぼせかえる」という言葉が普段使われていない筈はないような気がするのだけれど。
近い言葉で「のぼせあがる」という言葉があるが、いい気になる・思い上がるみたいな意味が強くなるので微妙に異なる。
お風呂でのぼせたような時に「長湯し過ぎてのぼせかあった。」とかいう使い方をする頭に血が上るというかくらくらめまいがするような場合に使われるのが「のぼせかある」である。
もちろん「のぼせあがる」と同じような使い方もするので全く別物という訳ではなさそうではあるが。直訳すると勝手な想像だが「のぼせ果てる」という言い方になるのかもしれない。その理由は「疲れ果てる・あきれ果てる」を「つかれかある・あきれかある」というから。もちろん遠州弁でのお話し。
例文
「やあそろそろ飯ぃ行きまい。」
(お~いそろそろ食事しに行こうよ。)
「もうちょっと後にしまいや。」
(もうちょい後にしないか。)
「なんでえわし腹減っただけど。旅行の一番の楽しみじゃん。」
「露天風呂せっかくだでってはしごしとったらのぼせかあっただか知らんがくらっくらするだよ。」
(せっかく来たんだからって露天風呂はしごしてたらのぼせたのか分からないけど頭がくらくらしてるんだ。)
「知らんわあ。死んでな。わしだけ先喰い行くでねえ。」
(もう何やってんだよ。気分よくなるまで横になってな。俺は先に行くからね。)
「死んでな」は誤解を受けやすい表現だがこの場合では「休んでいな」という意味で使われるものである。
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除ける(のける)。除けておくということ。共通語であるが、普通は「よける」(除けると漢字は同じ)「よけとく」が一般的に使われるが、遠州ではこちらも併用して使われることがまだ一般的であるということ。
「どける」という意味にも近いものがある。
「退ける」で「のける」かもしれない。「退く」を「のく」というから。
例文
「掃除せるだで、捨てられて困るもんあったらのけときなよ。」
「自分でやるでやらんだっていい。」
「あんたそんなこといったって全然しもへんに。」
「勝手にのかされるのん嫌なの。後でわからんくなるだで。やらんだっていいっつってるじゃんか。」
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注、最後の「のかされる」は動かされるという意味。「のける→のかす」の変形か「いごかす(動かす)→いのかす→のかす」という変形か退去の意味の「退かす」なのかは使ってる私も知らない。
遠州弁かどうかは疑わしいが一応
「のえ」=「なあ」とするのが分かりがいいかもだがそれだと大雑把過ぎる気がしないでもない。
普通は「のえ」よりも「だのえ」として使われることが多い。
あまり普段使いで使われる言い方ではないが、使うとしたら
「そうだのえ」とかいった使い方。
じゃあこの「のえ」はどう訳すかというと色々種類があってはたと困るところがある。
ひとつめは、同意してる事は確かだが「そうだなあ」みたいになんとなく同意というほどに不明確ではないし、「そうだよを」ほどに「今更気づいたか」・「もちろん」みたいな確信に満ちてる訳でもない。
ニュアンス的には「まあそうだね」とかいった勢いか。
「やらにゃおえんのえ。」とかだと
「やらないと駄目だろうねえ。」といった感じであろうか。
誰かの言う通りという感じで人の意見に同調してる勢いが強い。
脱線するが、これが自分の意見だったら「やらにゃおえんだに。」(「だに」は語尾が上がる)となって「やらないといけないんだよ。」と訳せる。
自分意見というよりも全うな正論をというのなら「やらにゃおえんだあ。」もしくは「おえんだよ」とかになる。
例文
「これどうする?もってきゃいいだ?」
(これどうするんだ?持っていけばいいのか?)
「そうだのえ。主任にゆわれてるでもってきまい。」
(そうだね。主任に言われてるから持っていこう。)
そして、ふたつめは「そうだなあ」と思案してるもしくは決断先送りということを伝えてる使い方がある。
例文
「これどうする?もってきゃいいだ?」
「そうだのえ。まあ主任来てから決めまい。」
(ん~まあなんだ、主任が来てから決めようよ。)
といったものでどちらも自分の意見・意思が殆どないという点は同じだが使いどころによって「YES」とか「GO」であったかと思えば「NO」程ではないが「茶を濁す」とか「待った」というものであったりとかするものである。
まあこの違いの区別の仕方は言い方で「の」を強く言うか言わないかといった微妙さの違いで判別するものではあるが書き文字だとそれは伝わらないところが難儀である。前者は「の」をはっきり発する。後者は「の」を曖昧気味に発する。
と、この二種類ならまあなんとかであるが、いま一つの「のえ」の使い方があるのである。(もしかしたらまだ他にもあるかもだが思い浮かばなかった。)
例文
「これどうするでえ。もってきゃいいだ?あんたどう思うよぉ。」
「そうだのえ。まああれでえの、普通はもってかんで往生こく事考えりゃもってった方が無難っつうもんだらあ。」
この場合の「のえ」にはよくぞ聞いてくれたみたいな自分は正解を導き出せる(知ってる)みたいな案(事)をもったいぶって垂れてるニュアンスが多く含まれる。この使い方では自分の手柄・自信であって人の意見を用いているわけではない。
といったように「のえ」は訳すにおいて使いどころによって意味が変わるので難しいと感じるのである。
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「のせる」と言っている。
特に説明が要る訳でもなかろうが、こういう些細な標準語からはみ出た共通語句の集合体が遠州弁の一面なのかもしれない。
「のりかかる」が「のっかる」となるので、「のりかける」が変化して「のっける」となったとも勘繰られるところでもある。ただし、「のりかかる」は「のっかる」じゃなくて「のっかかる」だろうと詰められると窮すところであるが。
でもまあ半ば強引に「のりかかる」を「のっかる」ということにすればそれによって「のっける」・「のっかる」と近い言葉になる効能があるように感じられる。「のる」が「のっかる」だろうという案も否定できないが。
変化としては「のっけす」(のせようと)・「のっからす」(のろうかと)・「のっけん」(のせない)・「のっからん」(のらない)などといった共通性が生じてくる。
例文
「これ以上のっけると危ないにい。」
(これ以上載せると危ないよ。)
「まあちっといいらあ。のっけてみいに。」
(もう少しいいだろう。載せてみなよ。)
「もうのっからんて。やめときない。」
(もう無理だって。やめときなって。)
「のっけす気いないもんでのっからんく思うだに。ええでのっけよを。」
(載せようという気がないから載らないと思うんだよ。いいから載せろよ。)
・・・・・
「ほれみっせえ。やっぱのっかりもしん。」
(ほらあ、やっぱ載らなかったじゃないかあ。)
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特に遠州独特というものではないがよく使われるということで。
例えば「甘いのっ」
「甘いのっ」とツッコまれたら
「そうだのっ」って返すとテンポがいい。
意味としては詰めや読みが甘いとか考え方が安易だと言うこと。「のっ」を付け足す事によって「甘いんでないかい?」のような場を和らげるニュアンスになることが多い。
ツッコミ言葉として普段よく使う表現である。他には「馬鹿じゃん」というのもある。
「のっ」以外には「のえ」という言い方もある。
基本男言葉で女性はあまり使わないか。
共通語に直すとしたら
「のっ」は「ね」・「のえ」は「ねえ」といった感じになろうか。
例文
「やいやい3万円ちょっきりなんて広告ぶってるの真に受けて買いに行ったらあ、消費税取られて3万じゃ収まらんかったよー。」
(参っちゃったよ。広告で3万円ポッキリなんて言ってるの真に受けて買いに行ったらさ、消費税取られて3万円じゃ収まらなかった。)
「甘いのっ。そんでどうしたよー。買わんで帰ってきただか。」
(考えが甘いねえ。それで?買わずに帰ってきたの?)
「買ったよー。しょんないもんで、免許証おいて家まで金持ち行った。恥ずかしかったやー。」
(買った。でも仕方ないから免許証店に預けてお金家まで取りに行ったから恥かいたよ。)
「まあ買えただでいいじゃん。今度わしにもつかわしてくりょう。のっ。」
(とにかく買えたんだから良かったじゃないか。今度自分にも使わせて。頼んだよ。)
消費税初導入の際によく起こった昭和の日常
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