遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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「寝れない」という意味では同じ言葉であるが遠州弁でのニュアンスはそれぞれ異なる。もちろん厳密な使い分けというのではなく、共通語としての「寝れん」は万能に使える表現なので使い分けのルールは非常に曖昧なものであるが。以下は個人的な考えによるものであることを付け加えておきます。
尚、「ねえる・ねえった」の記事は「寝入る」の訛った表現として説明しておりこの記事の説明とは言葉が違うものであると言い訳をしておきます。
「ねれん」
眠れない・寝付けない
「うるさくて寝れやへん」
「ねえれん」
寝ることが出来ない・床に付けない
「忙しくて寝えれやせん」・「寝えってる暇んない」
では、「うるさくて寝えれやせん」と言った場合
布団に入る前からうるさいということになる。
「うるさくて寝れやせん」は
眠ろうとしたらうるさいのが気になりだしたということを意味する。
つまり「ねえる・ねえれん」という言い方は「ねえいく」(寝に行く)という言い方のように睡眠そのものを指すのではなく寝るという行為を指すものであるということ。細かく補足的に訳せば「ねえれん」は「寝れる状態じゃない・寝てる場合じゃない」とかいう意味合いで使われるということ。
「寝る・寝れん」は遠州弁ということでは睡眠を指す言い回しが主体であろう。
「よう寝た」は熟睡したということであり、「よう寝えれた」だと寝るのにいい環境だったというニュアンスになる。「眠った」でいえば「眠った」と「眠れた」の違いみたいなもんか。
では「でれれん云々」の記事で説明した理屈で「ねれれん」という言い方は在るかというと、それは存在する。「ねれれん」の意味合いは「ねれん」と同じであり「でれれん」と「でえれん」のニュアンスの違いもこれと同じであろう。
例文
「ここんとこ残業続きで疲れたらあ。今日はちゃっと帰って休みない。」
「それがのっ。あんねえガキ連れて帰って来てけつかるもんで どうるさくて寝えれやせんだよ。」
(それがさあ。姉貴の奴が子供連れて帰って来てるもんだから騒々しくて寝れないんだよね。)
「そりゃしんどいこんだの。でも横んなるだけでもちったあ違うだで寝れんくても寝えった方んいいにい。」
「今日は良い天気で絶好のお出かけ日和だら」
間違ってはいないがえらく中途半端であり
「今日良いい天気だで外ん出るにゃ最高だにい」
くらいにはしてもらわないとすっきりしない。もちろん
「いい天気じゃん。あんた今日そと出てかんでいつ出るよを」
ぐらいまで逝ってくれればもう原住民扱いになるのだが。
たとえ原住民の人でもピンとこない言い回しと感じることがある。遠州弁と言っても各集落によって随分と異なるものであり私がしてることは自分とこの集落の言い回しを押し付けているようなものなんだけど。
「そんなに ぬくとめなくても いいにい」
(そんなにあたためなくてもいいよ)
私だったら
「そんな ぬくとめんでも いいにい」
もっとぐでぐでにするなら
「んな大層にぬくとめんくたっていいでねえ」
とする。他の例では
「まあ、そうだけど、左側に落ちんくてなによりだったな。あっちは民家があるでね。」
私だったら
「まあそうだけえが ひだりっかあに落ちなんでなによりだったやあ。なんしょあっちん方家あるで落ちたらホントたまらんにい。」
そりゃあまあ若い衆は方言を避ける傾向にあるのは今日に始まったこんじゃないだで人の事言えた義理じゃないにしても、歳とりゃあ自然と回帰するだでちったあね。使えたあ言わんでも聞き取りはきちっとして言い回しとか忘れんようにもしてくれんとをと思えるだよを。
ちなみにタイトルの「上手くない」。
「うまくない」と読むのは標準語。断定するのは無謀な暴挙ではあるが
遠州弁なら「じょうずくない」と読む。
「凄く旨いでしょ」と言っている。「どうまいら?」と語尾が上がれば「「凄く旨いでしょ?」となる。「どうまいらあ」だとイントネーションの違いで「凄く旨いでしょうに」・「どうだ旨いだろ」という二通りの解釈ととれる。語尾が上がって「どうまいらあ?」となれば「そうだろ?凄くうまいでしょう?」とかになる。
「どうまいら」の使い場所としては例として
「ね、分かるらあ。どうまいら。」
訳すと「ねえ分かるでしょ凄く旨いでしょ。」といった感じで同意を強く求める勢いになる。
「どうまいだら」だと「凄く旨いんでしょ」つまりまだ食べてない状態での発言。
まだそれを食べていない人に自分が今食べていて旨い事を伝えたい場合で「これ食べてご覧よほんとこれは凄く美味しいよ」ということなら
「これ喰ってみいにホントこれどうまいにい」
同じように薦める状態で自分も今食べていない状態で「これ食べてご覧よほんとこれはすごく美味しいんだから。」ということなら
「これ喰ってみっせえホントこれどうまいでえ」。女性言葉なら「これ食べてみいにいほんとどうまいだにい」
食べる前から旨いだろうとは思っていたけれど「食べてみたら凄く旨かった」だと
「喰ったらばかうまかった」
食べる前は旨いとは思っていなかったけど食べたら「思ってた以上に旨かった」だと
「いやあがんこうまかった」
人に勧めたくて「本当に旨いよこれ」という場合には
「ホントうまいにいこれ」
人に理解して貰いたくて「本当に旨いんだよこれ」だと
「ホントうまいだにいこれえ」
人に納得して貰いたくて「本当に旨いんだから食べてごらんよ」だと
「ホントうまいだで食ってみいって」
とかになる。あくまで一例でありましてパターンはまだいくらでもありますが複雑にしても分かりにくいので。
ちなみに旨いの強調形のパターンを挙げると
「どうまい」・「ばかうまい」・「がんこうまい」・「うんまい」
とかがよく使われるのではないか。明快な使い分けは多分ないと思われる。
蛇足ではあるが女性の場合「にい」表現を多用すると可愛らしいと映ることがあるらしい。
蛇足の例文
「これあんたけえ。」
(これやったのあなたなの?)
「違うにい、にいにだにい。」
(違うよ兄ちゃんだよ。)
対象者によって三段階に使い分けされる表現。まあ間違いなく共通語なのだがそれでも「くれる」を未だによく使う地域として特徴があるのかなと思い記載。
尚、ここで述べる「くれる」は「誰かがやってくれるだろう」とかいう意味使いの「くれる」ではない。「成敗してくれる」とかいう意味使いの「くれる」である。
「物をあげる」を例にすると
「物をあげる」丁重さがある。
「物をやる」まあ普通。
「物をくれる」上から目線。
仏壇にお水を供える時には
「仏壇にお水あげて頂戴」であり
家人にお水を渡す時には
「お兄ちゃんにお水やって頂戴」
ペット用に水を汲む時には
「クロにお水くれて頂戴」
目上とかに「やる・くれる」を使えばえらそうにとなる。横並びに「くれる」を使うとむっとされる。ペットに「あげる」を使うと溺愛と思われる。
敬語っぽくだと「あげなさる・やりなさる・くれなさる」とかだと少しはお上品な感じになる。でも実際は「あげんさる・やりんさる・くれんさる」という言い方の方が普通だけど。
では、「やれることができる」という場合は
「あげれる・やれれる・くれれる」
手伝うだと
「手伝ってあげれる」
「手伝ってやれれる」
「手伝ってくれれる」
と遠州弁お得意の「ら」抜き言葉と相成る。ちなみに「ら」抜きしないで
「あげられる・やれられる・くれられる」
だと「やることが可能な状態だ」といった風にとられ敬語としてとられる可能性は薄い。まあ「ら」抜きと大きな意味の違いはないのだけど。
人に物を頼むような時に「くれる」を使うと一応へりくだっている勢いになる筈なのだが。
「お腹すいたでなんかくれろ。」
実際はとてもそんな感じには聞こえない。このように横柄に映るが気持ちとしては一応へりくだって(自らを卑下して)いるのである。かも。
「ブルータスよお前もか」というセリフを遠州弁にしたらどれが一番近いニュアンスになるのだろうか。
単純に変えるなら「ブルータスうおんしもだか」辺りだけどそれじゃ能がないのでもう少し味付けしてみると色々言い方が浮かんで来る。まああくまで言葉遊びのおちゃらけですけどね。
「なによをブルータスあんたもけえ」
「なにいブルータスおめえもけえ」
「なにやあブルータスおんしもかや」
「なんでよブルータスおんしもだあ?」
「なんだやブルータスおんしゃあもを!」
「なんでブルータスもよを」
「うそっブルータスおんしもっ?」
「あれやあブルータスおんしもだ?」
「あれえブルータスあんたなにやってるよを」
「なんでえ?ブルータスぅまでえ?」
「勘弁してやあブルータスまでえ」
「ブルータスまで随分じゃん」
「ひょんきんじゃんブルータスまでもけえ」
「やあなんだやあブルータスまでえ」
それぞれ微妙にニュアンスが異なるのであるが
凄く意外ってことなら「うそっブルータスおんしも?」かな。
状況が分かってない程動揺してるってんなら「なんでえ?ブルータスぅまでえ?」か?
もう泣きそうって勢いなら「やあなんだやあブルータスまでえ」辺りか。
冗談じゃないよと憤慨してるのなら「なんでブルータスもよを」か。
冗談じゃないよと憤慨を越えて呆れてる(むしろ放心)なら「勘弁してやあブルータスまでえ」ぐらいか。
全く状況が分かっていないって勢いなら「あれえブルータスあんたなにやってるよを」かな。
一番冷静なのは「なによをブルータスおんしもけえ」かな微妙だけど。
結論じゃないけど、ひとつ言えることは名文句も遠州弁にすると台無しになるという事だけは間違いないようだ。