遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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大いなる誤解を受けやすい表現であるが決して「生き死に」にまつわる事などではない。
「しないでよ」と言っている。「ない」が撥音便化して「ん」になったというお話し。
イントネーションが異なるので実際耳で聞くにおいて聞き違えすることは決してないのであるが文字にすると誤解を招くよなあと思って。
「はあしんだ?」(もうやらない?)
「はあしんだ」(もうしないんだ)
「歯が死んだ」訳でも「既にご臨終」という訳でもない。
「もうしんでよ」(もうしないでよ)
決して生死について強要してる訳ではない。
なんてキリがないのでこの辺で。とにかくそういうことではないので決して遠州弁は物騒な言葉使いではないと言いたいのである。
例文
「なにい もう さっきから なにちょろちょろ ちょっかいかけてくるよを。邪魔でしょんないで止めて。」
「いいんじゃん暇でしょんないだでかまってやあ。」
「あんたよくてもこっちが困るのっ。それんこれから細かい作業するだで はあしんでやあ。」
関西寄りの言い方のようにも思えるところであるが関西の方では「せん」を使うであろうから「はあせんでえ・せんといて」とかになるのかな。
遠州は「しん」(しない)も「せん」(せぬ)も「へん」(せぬ)も使う地域なので言い方のバリエーションは豊富である。豊富すぎて順序だって考えられないところであるが。
しいて区分できる点を探すとしたら「せん」は高年齢層で「しん」はそれ以外と分けられる傾向があるのではないか。「へん」についてはそういう傾向は掴めない。
「ちゃんとしんとかんにい」要するに「しっかりしなさいよ」と言ってる訳であるが。
これだけ「ん」だらけになると結構快感である。そこでもっと強引に繋げてみる。
「あんたねえ体調管理とか『ちゃんとしんとかんだんぜんぜんちゃんとしてんもんで』からだおやすだにい。もうしっかりしにゃかんてえ。今みたくおやいてからじゃ遅いだにい。」
(あのねえ体調管理とかはしっかりしていないといけないんだよ。それを全然していないものだから体調崩すんでしょうが。もうしっかりしなさいよ。今みたいに崩してからじゃ遅いんだよ。)
まあ説経じみた言い回しになってしまったのだが。
「ホント健康にゃ注意しんとを体おやいちゃ元も子もないだで体調管理だけはちゃんとしんとかんだにい。」
ところでこれだけ「ん」を多く含ませてみると分かるのであるが色んな言葉が「ん」に代わっているということが分かってくる。入れなくてもいいとこに「ん」を入れるのまでが撥音便化というのかは疑わしいがとにかく撥音便のオンパレードではある。そこでもうひと捻りした例文を考えてみる。
「うちんこんぞうはあいい歳だもんでちゃんとしんとかんだんとんちんかんなこんばっか抜かすもんでよめんこんくてやんなるわあ。わしんだってあんたんとこみたく孫んもんりいとかしてみたい気いあるだん、やりゃにゃかんこんはちゃんとやんないっつってもやりゃあせんくてホントしょんない。茶あいれろっつやあちんちんにして全然飲めんくするし電話ん鳴っても全然出んしなんかゆっても返事いせんしやあ。」。「ん」の数は41。
「うちの息子はもういい歳なんだからちゃんとしないといけないんだけど頓珍漢な事ばかりほざくもので嫁が来なくて参っちゃうよ。私にだってあなたの処みたいに孫のお守りとかしてみたい想いがあるんだけど、やるべき事はきちんとやりなさいって言ってもやらなくて本当にしょうがない。お茶をいれろって言えば熱くし過ぎてとても飲めたものじゃないものにするし電話が鳴っても全然出ないし何か言っても返事をしないしさあ。」。「ん」は13。
この文には「の」・「ない」・「けど」・「事」(こん)・「が」・「に」・「なく」(飲めんく→飲めなく)・「り」(やんない→やりなさい)などが「ん」に代わっている。
まあとにかく遠州弁は撥音便がポイントとして重要な要素であることは間違いないであろう。
どちらも辞書に載っている共通語で別に方言ということではないのだろうが。
「燃やせる」を「燃せれる」と言うとかになると方言っぽくなるよなと思って記載。
「燃やす事が出来る」だと「燃やせる」・「燃せる」と共通語ではなるのであろうが遠州弁だと「燃せれれる」・「燃やせれる」と言う事もありうる。というのも
「こんなあわし燃せるであんた別の事しない」
(こんなのは私が燃やすからあなたは別の事をしなよ)
ここでの使い方は「燃やすことが可能」という意味使いではなく「私がやるから」という意味で使われている。、もちろん
「これならわしでも燃せるであんた別の事しない」
といった「可能」という意味使いも全くしない訳ではない。が遠州弁っぽく言うのなら
「こんなあわしでも燃せれれるだであんたあ別の事しない。」
とかになる。
「燃せれる」という言い方でも意味は通る。「貸せれる」を「貸せる」を言うとかみたいなもので。こういう場合でも「燃せれれる」も「燃せれる」も「燃せれられる」・「燃せられる」の「ら抜き」じゃねえかという事を突っ込まれたりするのかな。
話しが脱線したが遠州弁では「する」を「せる」と言ったりもするので「燃せる」だと「可能」というニュアンスよりも「燃やす」という「実行」というニュアンスに取られるということがあるということ。
「みかんのふくは食べますか?」
こう質問して何の疑問もなく答えれるとしたら貴方は遠州弁の使い手と言えるのかもしれない。
正しくは「じょうのう」と言うらしい「薄皮」の事。それを「袋」(ふくろ)とも呼ぶのは確かなのでそれが変化して「ふく」と言うようになったのかなと思ったりもするのだが。とにかく「ふく」と言うのはどうもここいら辺だけらしい。
どうでもいい話しだが、私らの世代だと男が「ふく」を残す食べ方をすると「おだいさまみたくにおひんぶって喰うじゃねえよ。」(いいとこのお坊ちゃんみたいなお上品ぶった食べ方してんじゃねえよ)と突っ込まれかねない女性的な食べ方といった雰囲気があったのだが今はどうなんでしょうね。
「どうするんだろうね」とかいった意味。
他には「どうせるだいや」・「~だいね」・「~だかね」などがある。
ニュアンスとしては深刻度は薄めで親身な印象よりも距離を置いた感じを受ける。
親身を装うとしたら「どうせすのかねえ」・「どうせるだいね」・「どうすんのかね」辺りか。そんな変わらないか。
例文
A「明日の飲み会行くだらあ。」
(明日の飲み会出席するんでしょ。)
B「行くよを。ちっと遠いみたいだもんで道不安だけどやあ。」
(もちろん。行くつもりだけどちょっと遠いみたいだから道が不安だけどね。)
A「なんならわしと一緒に行くけ?わし知ってるで。」
B「そうさせてもらうとうれしいやあ。いい?」
(そうさせてもらえるとありがたいなあ。お願いしていいの?)
A「いいよを。そういやあ○○さんどうだかいねえ。」
B「行くたあゆってたみたいだにい。場所知ってるかどうかは知らんけど。あの人どうせすだいやあ。」
(行くみたいなことは言ってたみたいだよ。場所を知ってるかどうかは分からないけど。大丈夫かなあ。)
A「どうだいねえ。わしんとこになんにもゆってこんかったで自分でなんとかするだかいねえ。」
(どうなんだろうね。私のところにはなんにも言ってこないから自分でなんとかするのかなあ。)
B「まあ幹事になんかちびちび聞いてたで自分で行くつもりだらねえ。」
(幹事にはなんか細かいこと聞いてたから一人で行くつもりなんだろうねえ。)
A「ならいいけどさあ。後で声かけてくれんかったっつってひゃあひゃあゆわれたじゃかなわんでさあ。」
(それならいいんだけどね。後になってどうして一声かけてくれなかったんだってぶつぶつ言われちゃ敵わないからさあ。)
B「いいだよほかいときゃあ。どうせなにんあってもなんか言いたい人だもんで。他のこん探いてひゃあひゃあゆうで気い遣うだけあほらしいに。」
(いいさ無理して関わらなくても。どのみち何があってもケチつけたい人なんだから他のことでどうせなんか言ってくるんだから気を遣う.だけあほらしいって。)