遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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例文
「あんた○○買うっつってんかったっけ。」
(あなた○○買うって言ってなかった?)
「明日買い行くんだわぁ。だであんたもつきあってくれん?」
(明日買いに行こうかと思ってるんだけど、あなたも付き合ってくれない?)
「どこまで買いいかすよー。近くなら行ってもいいけど。」
(どこまで買いに行くの?近くなら付き合うけど。)
例文音声はこちら
標準語の「わ」とは大分ニュアンスが異なる。
「買いに行くんだわ」(買いにいくのね)・「買いに行くわ」(買いに行くのよ)
共通語の「わ」には近い。
「買いに行くんだわ」(買いに行くのさ)・「買いに行くわ」(買いに行くよ)
名古屋方面の「わ」の使い方にも近い。
「買い行くんやわ」(買いに行くんだよ)
したがって名古屋から伝来した表現の可能性と共通語の可能性が両方ある訳で、純粋な土着の遠州弁だと
「買い行くもんでえ」・「買い行くだでえ」とかになる。
西の地域との違いは、「や」ではなく「だ」がつくことから推測すると共通語の変化形の可能性が高いのかもしれないがなんともいえない。
「わ」ではなく「わぁ」となりやすいことが遠州の特徴ではある。
意味としては「そういうつもりでいる・そう思ってる」とかいった感じのものと解釈している。
閉めると言う意味。「かう」と言う言葉は鍵をかけると言う意味なので「戸を閉めて鍵をかけてね」と言う時は「戸ぉたってかってよ。」となる。まあ現実には「戸ぉたったらぁかうまでしてよ。」とかになることが多いけど。
「たった」で「閉まった・閉めた」・「たって」で「閉めて」
閉めると言う行為すべてに「たつ」を使うかと言うと、戸・窓ぐらいだけかもしれない。「蓋を閉める」を「蓋んたつ」とは言わないし。「金庫閉める」も「金庫たつ」なんて表現もしない。「入り口閉めといて」を「入り口たっといて」とはいうかもしれないが。出入りを断つ(絶つ)と言う意味での「たつ」かもしれないのでなんとも言えないところである。
例文
「蚊あ入ってくるだで、ちゃっと戸ぉたってよ。」
(蚊が入ってくるから直ぐ戸を閉めてよ。)
「蚊帳するか線香焚きゃあいいじゃん。」
(蚊帳(かや)するか蚊取り線香焚けばいいじゃないの。)
「けぶいしめんどっちいでえ。」
(煙いし面倒くさいからしないの。)
「なまかあだなあやあ。」
(不精だねえいやはや。)
例文音声はこちら
~だけれも・~だがとかいうニュアンスの意味。説明するのがなんか難しい。
うちの集落では「~にゃ~だん」(~には~だけれど)といった組み合わせで使うことが多い。
単体で例えば「買うだんどう使わすかやあ」(買うけれどさてどう使おうかなあ)という使い方もありえそうなのであるが、「買うにゃ」を省略した言い方と捉える方が無難な解釈かもしれない。
掛川以東のほうだと「~だけえが」という表現になる。
例文
「どうでえ、これでええだぁ?」
(どうかな。これでいい?)
「ん~。ええにゃええだん。なんかしっくりこんなあやあ。」
(うーん。いいにはいいんだけどね。でもなんかしっくりこないんだよね。)
「どこがよを。はっきしゆっとくりょそこんさあ直すでえ。」
(どこが?はっきり言ってよ言ったところ直すからさあ。)
「ん~。どうしっかな。・・・・・まっええかあ。これでやらまい。」
(うーんどうしようかなあ。・・・・まあいいかあこれで。)
「ほんとけえ?後でやっぱ駄目だっちゅってもわし知らんでねえ。」
(ホントにいいの?後でやっぱりやり直しなんて言われても駄目だからね。)
「ほいたら全部やり直すけえ?」
(だったら最初っから作り直すかい。)
「いや。それはつらいやあ。」
(いやそれはなんか厭。)
例文音声はこちら
共通語ではあるが、意味使いが若干独特であろうかなと思えた言葉。
遠州固有かは定かではない。
辞書を引くと「だいぶ」は二種類あって。
「大分」程度が極端にひどくはないが、決して・少なくない(無視できない)様子。
「大部」①書物の分量が多いこと。②「大部分」の意の漢語的表現。
とある。
遠州弁での例を挙げると
「おい、まだだいぶ残ってるにい。」
訳すと「なあ、まだ相当残ってるぞ。」となる。
ニュアンスとしては共通語の「大分」の意の感じというよりも「大部」の意の方が近い。「極端にひどくはないが」というレベルではない。
という点で共通語の「だいぶ」と遠州弁の「だいぶ」は微妙にニュアンスが異なるものだと思えたのだが。
最近のネット辞書では
「大分」①数量が相当であるさま。たくさん。だいぶん。②物事の程度が相当であるさま。かなり。だいぶん。
とあって、遠州弁でのニュアンスと同じと思われる記載になっていた。
遠州弁が元あった共通語を浸蝕したなんていう大層なことは思わないが
昭和に於いては「ずれ」が生じていたものが平成になったら「ずれ」が無くなっていたという風に思える。
遠州弁でのイントネーションは①共通語と同じものと②潜るダイブと同じイントネーションのだいぶと二種類の使い分けをしている。
だいぶ損したを例にすると①の場合相当とかかなり損したと言う意味使い。②の場合その程度が思ったよりもとか予想してた以上に損したニュアンスになる。
①には冷静な印象を持つが②の使い方だと感情的表現が加味された感じになる。もちろん損した度合いに大きな差は無くてもである。
ちなみにだいぶ損したの上はがんこ損した。その上だと馬鹿だいぶ損した・どひどく損した。どえらい損した・こっぴどく損した・こらしょと損した・やんなるくらい損こいたなどと言う言い回しもある。
例文
「はあダイブ歩いただにまだ着かんだけえ。」
「まだだいぶあるで頑張れやあ。」
「うそだらあ。こんだけ距離歩きゃあ十分だらあ。地図見る限りじゃとっくに着いてんとおかしいに。」
「山のハイキングなめちゃかんて。直線道路じゃないだでやあ。」
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語尾につく「~と思う」という意味合いの言葉。しかしながら「~なんですよ」とも訳せる。なので訳すと色んな言葉に化けるので使うには便利であるが解釈がどうとも取れる曖昧さが存在する表現の言葉でもある。「わあ」だけだと「ようやるわあ」(良くやるねえ感心するよ)といった感嘆の表現にもなる。アクセントは「わ」が強めになる。
「そうなんですよ川崎さん」を遠州弁にせると「そうなんだわあ川崎さん」となる。
「わしそれ買うだわあ。」私それ買うつもりなんだ・私(今から)それ買うんだ。
名古屋でよく使われる「だわ」・「だわぁ」とは別種のものであろうかイントネーションや使いどころが異なる気がする。
例文
「この書類計算おかしかねえか?」
「あれえホントだあ。ばっかじゃねえの。」
「誰んやったよを。」
「○○だと思うよ。こんなちょんぼせる奴ぁ。」
「大抵そうけえ?」
「あいつこういうミスよおやらかすだわあ。」
(あいつしょっちゅうこういうミスやらかすんだよ。)
「よう首んならんなあ。」
「つうかよお会社入れたよなあ。そっちん方感心せるわあ。」
(ってゆうかよく会社入れたよな。そっちの方が感心しちゃうよ。)
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