遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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「あのねえ」というよりも「そうだなあ」というニュアンスの方が近いか。遠州弁と言い張るつもりはさらさらないがもしかしたら地域によってはニュアンスが異なるやもと思って記載。
こういう使い方しかされないという事では決してないが、一応考え中というのをアピールしてるというか沈黙にならないように間を持たせる時などに使われる。
聞いてる方としてはほぼ意見の主旨は固まっているがどういう表現にするか迷ってるという風に感じる事が多い。
従って急かす場合には「なにいはっきし言いな」という事が多く
何を言い出すんだ?という場合には「なによを何言いたいよを」とかになることが多い。
共通語での「う~んとねえ」との違いは先にも書いたが迷っているものが異なって聞こえるという事。「う~んとねえ」だと主旨すら決まっていないみたいな考え中であり「ん~とねえ」はどう言おうかを迷ってるみたいな勢いの違いがある。
「ん~とねえ、どうしっかな」という言い方は若干変であり
「ん~とねえ、いや、やっぱどうしっかな」というのであれば違和感はない。
従って「う~んとですねえ」と訳すよりも「あのですねえ」・「え~とですねえ」とした方がニュアンスは近いような気がする。
もちろん例外的な使い方もあって、例えば子供がショーケースに並ぶケーキをどれにするかと「ん~とね。ん~とねえ」と悩んでる時に母親がそのまだるっこしさに耐えかねて
「も~早くしなさい。」なんて言うと子供がちんぷりかえってしまうという光景を目にすることになったりする。
子供としては全部欲しいのだがそうも言ってられないのでとりあえずそれぞれ食べたらどんな味になるか想像して楽しんでいる時間な訳で、それを邪魔されてえらくおかんむりという事になるのである。
まあ「時間稼ぎ」という事では同じではあるが。
別に子供が使う表現ではなく性別・年齢に関係なく使われる言い回しである。もちろんこれが遠州独特なのか全国どこでも同じなのかは知る由もない。
辞書には「わ」は女性語で自分の主張(判断)などを相手に納得させたり自分で確認したりする気持ちを表わす。「知らないわ・存じませんわ」。何かに感動した気持ちを表わす。「まあ綺麗だわ」。驚き呆れる気持ちを表わす。「雨は降るわ家には入れんわでもう大変」。みたいな例が書かれてあったが、遠州弁の「わ」はそれらには当てはまらない男女共用の表現である。
だがそれを説明するとなるとはたと困る次第で。
「それくらい出来るわい」
「それくらい出来るわ!」
「それくらい出来るわあ」
「それくらい出来るに」(それくらい出来るよ)
「それくらい出来るにい」(それくらい出来るよう)
「それくらい出来るら」(それくらいは出来るだろ?)
「それくらい出来るらあ」(それくらいは出来るだろう)
「それくらい出来るもんで」(それくらい出来るので)
「それくらい出来るたあ」(それくらい出来るとは)
「それくらい出来るでえ」(それくらい出来るから)
といった具合で他は訳せるが「わ・わい・わあ」」は訳すに困る。
これらに「だ」をつけるとややこしくなるので省くが「だわい」・「だわ」とかもある。
「そうだわい」・「わしの知ったこっちゃないだわ」みたいな。
ネットの辞書では、「わい」終助詞「わ」+終助詞「い」、活用語の終止形に付く。感動・詠嘆の意を表す。「ちと飲みすぎた―」「見てはおられん―」
い〔終助〕「わい」は現在では主に高齢の男性に用いられる。の二種類となっている。
遠州では「だわい」はじいさが使うと限定されることが多いが「わい」に関しては
「やってられんわい」くらいは誰でも使っている。
「わ」については、念を押したり相手に呼びかけしたりする意を表わす。とある。
で、古語辞典では、「わ」終助詞、感動の意を表わす。・・・・・よ。
「わい」終助詞、感動の意を表わす。・・・・・よ。とあった。
つまり、古語辞典の「わ・わい」が一番ニュアンスとしては遠州弁は近いのでそれぞれ強弱のついた「よ」ということにすればいいのであろうか。
だとすると「にい」と被るな。でも実際のところそのニュアンスとしては被ることはない。あまりに微妙な違い過ぎて説明しようがないんだろうか。まあ想像だけどおそらくは遠州弁の中でも「わ・わい」は古い言い回しで今は「にい」が取って代わっているということなのかしらん。
「ゐゑ~。何やってるだあ。ざけんなよな。」
ニュアンスで訳すと「お~いなんだよ。何してんだよ。いい加減にしろよな。」。
音でいけば「YEAH」と書く方が分かりがいい言葉である。
発音が難しいのであるがとにかく決して「いぇえ~」という発音ではない。つまり「わいゆえよ」ではなく「やゐゆゑよ」の発音である。「wa wi yu we yo」といった「ゐ」=「wi」・「ゑ」=「we」ではなく「ya yi yu ye yo」での「ゐ」=「yi」・「ゑ」=「ye」であろう。
例文を「お~いなんだよ」と訳したが感情としては「もう嫌になる」という勢いで「泣けてくる」・「もううんざりだ」というような感じである。効能としては凄く嫌そうもしくは悲観的という印象を与えるところである。
文章の頭に持ってくるとこういう意味合いになる。
しかしてこれが文末に付くと別のニュアンスの言葉になる。
「そうだのうゐゑ~」となるとその意味は
「そうなんだよねえ」と訳すところで具体的に「ゐゑ~」をどう訳すかは難しいところである。「おっしゃるとおり」というニュアンスであるが強いてごり押ししての訳ならば「なんだよねえ」・「だよね」とかであろうか。
こちらには嫌そうなといった感じはなく「同調」・「得心がいく」といった「全く以てその通り」といった印象を強めに与える効能がある。
前でも後でもどちらも男言葉であろう。女性の場合は前に付く場合は「おい」・「お~い」後にという場合は特に思い浮かぶ表現はなく普通に「ねえ」であろうか。
似たような言葉の「やあ」との違いは、「やあ」には怒りの要素の方が強く反発してる勢いであり「ゐゑ~」は辟易の要素が強いという違いである。
「やあ勘弁してくれやあ」だと「勘弁しろよな」
「ゐゑ~勘弁してやあ」だと「勘弁してくれよ」
といった勢いの違いが生じる。
例文
「ゐゑ~、なにやってるだあ。」
(お~いなんだよ、なにやってんだよ。)
「みりゃ分かるじゃん。」
(見て分かんないのかい。)
「んな余分なこんなんかするじゃない。どうせ最後はとっぱらうだで。」
(そんな余分なことするんじゃないよ。どうせ最後には取り払うんだから。)
「そうゆわれりゃあそうだのえ。」
(そういわれればそうだなあ。)
「他にもやらにゃかんこん、こらしょとあるだで、頼むにい。」
(他にもやる事一杯あるんだから余分なことしないでくれよ。)
「そうだのうゐゑー。」
(確かにその通りだな。)
例文音声はこちら
「申し訳ない」と言っている。共通語だと「お手数かけます」・「ご親切にどうも」とかになるであろうや。
遠州弁においての主な用途は謝意であるが感謝という意味合いで使う事もある。つまり「ありがとう」の代わりに使う事もあるという事。
遠慮するというような場合には「わるいらあ」・「わるいでえ」とかが使われる。あくまで遠慮であってお断りではない。
お断りの場合には「わるいで」・「わるいに」・「わるいって」などがあり。
拒否の場合は「いいって」・「いいに」・「いらん」など。
例文
「荷物一杯で大変だらあ。ちっと持ってやるでよこしゃあ。」
(荷物一杯で大変だろう。少し持ってあげるからよこしなよ。)
「わるいやあ。頼めるかいねえ。」
「いいよをそれくらいぃ。大したこんじゃないだで。」
「いやあホントあんたありがとね。助かるやあ。」
例文音声はこちら
「ありがとう」とは当然異なるのだが使いどころは同じであることが多い。
例えば物を落とす。拾うのを手伝ってくれた人に対して
「わるいやあ」というのと「ありがとね」というのとではそのニュアンスが異なる。
どちらが腰が低く受け取られるかというと「わるいやあ」の方であろう。
較べた場合「ありがとね」の方が腰が高く感じられる。
脱線するが、以前なんかで、コンビニの店員がお客に「ありがとう」と言われてキレたというのを読んだのであるが、その理由は腰高という印象を受けての「何様だ?」という感情が湧いたということなのであろうか。
「わるいね」とすれば「ありがとう」と同じように上から目線になりえるのでそういう感覚に陥りそうな相手に対しては注意が必要ではあろうか。
もっともコンビニのレジで「わるいやあ」なんて一万円出して恐縮する時以外に発することはないから「ありがとう」に置き換えて「わるいやあ」を使えば丸く収まる訳ではないが。そうなると返す言葉に適当なものが思い浮かばないな。「どうも」くらいか。無言が無難なのかな。
いずれにせよ、「謝意」と「感謝」の違いが「わるいやあ」と「ありがとう」の違いということであろうが今は「ありがとう」の分が悪い世の中のようだ。
なにかあると「土下座しろ」みたいな屈服に近い「謝意」を要求する社会において「感謝」では充足しない受け入れられない溜飲が下がらないというのはなんだかなあではある。
遠州弁では「ホントあんたありがとね」とかのように他の言葉をまぶしてそういった腰高感を和らげて使われている。共通語だと「ありがとうございます」とか言わなくちゃいけないのかな。不便だしそもそもなんでそんな丁寧にしなくちゃいけないんだという疑問が湧くわな。
まあそんな大それた事はこれくらいにして「わるいやあ」。基本若造世代は使わない社会人以上の部類の世代言葉に属する。
「わるいやあ」を連発すると「卑屈」とも受け取られかねないところで連呼は芳しくはないのだが「わるいのっ」とか「わるいね」だと本気で悪いと思ってないだろと思われたりもする儀礼的な印象を受ける場合もあり「わるいやあ」が使い勝手はいい。
収拾がつかない・乱雑だという散らかる様に愛想をつかした時に発する言葉。
男言葉で女性が使う場合及び正しく(?)は「らんごくない」となる。
「はあもう次から次へともうくっちゃんくっちゃんでホントらんごかない。」
(次から次へと何かが追いつかず収拾がつかないで嘆いている。)正直共通語にしようがない。直訳すると多分意味不明になるが
(もうねもう次から次へともう溜まっちゃって本当収拾がつかない。)
「はあ」と「もう」がかぶるせいであるが、遠州人にはこの使い方に違和感はない。
「部屋んかたしてないもんでえ、えらくらんごかないだけどぉ、まあちいと寄ってきない。」
(部屋片付けてなくて大分散らかってるけど、良かったら寄ってって。)
よく使われるフレーズは
「はあ、らんごかない」
訳さば「駄目だこりゃ」
例文音声はこちら
最近は散らかるを「らんごかない」と言わず、「ど散らかる・馬鹿散らかる」と言うほうが多い。なので「らんごかない」には愛想がついたというニュアンスが含まれる言葉となりつつある。しかし周りの衆らは結構使うが、私は正直使っていないので微妙なニュアンスが分かってないところがある
散らかるしても、「とっちらかる」・「どちらかす」だし、収拾がつかないは「だあだあ」だし、愛想尽かすは「やっちゃおれん」又は「はあ知らん」と言うのを使っている。