遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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俺かい!って勢いで意外性を感じたと表現する言葉。「わしけ?」と短く切ると俺かよっ!という感じになる。
「わしけえ?わしんゆうだけえ」だと、「俺かよっ!俺が言うのかよ。」という感じになる。アクセントの強調部分は「わ」と「けえ」になる。「わ」と「け」で「え」が下がると「(やっぱり)俺なんだ」といった意外性はがなく予想されたというニュアンスに変わる。
「わしかあ?」というのもよく使われたりもする。「わしかえ?」とかだと江戸風味が増すけれど殆ど遠州で使う表現ではない。
注意点として遠州人の基本が自分のことを普段「わし」と言ってるわけではなく、共通語的表現の「俺」・「自分」・「僕」などが普段使いとしては多く使われているのでそこんとこはあしからず。ただし「わし」は使うとなれば男女兼用で女子でも遠州人は使う。
例文
「明日のさあ、用事。どうも駄目んなりそうっぽいやあ。」
(明日の用事なんだけどどうも駄目になりそうなんだ。)
「あっそお。でも○○さんどがんこ楽しみにしとったにい。」
(ああそうなの。でも○○さん物凄く楽しみにしてたよ。)
「だでいいづらいだよ。まだどっち転ぶか分からんもんで。だけどいきなし明日んなって『今日やんぴね。』なんていわれやせんじゃん。」
(だから言いずらいんだよね。まだ確定じゃないんだけどだからと言って当日急に「中止になった」なんて言えないよね。)
「ほうだいねえ。一応先言っといた方が無難かもしれんねえ。」
(そうだよねえ。とりあえず先に一言言っておいた方がいいかもね。)
「ほうだらぁ。だもんでさあ、あんた頼まれてくれんかねえ。」
(でしょう。だからねえ、あなたから伝えといてくれないかな。)
「わしけえ?わしんゆうだけえ?んーまあええけど。」
(私?私が言うの?うーんまあいいけど。)
「悪いやあ。恩にきるで。ごめんホント頼むにぃ。」
(悪いねえ。恩に着るよ。申し訳ないけどお願いします。)
「はいね。まかしょお。」
(いいよ分かった。)
その1
「に」(格助詞)を訛らすと「ん」に遠州ではなる。場合がある。やたらくしゃ(なんでもかんでも)ということではない。どういう場合が「ん」に変わるかという法則を知ってればいいのだろうがアホがばれるのでそういう屁理屈は追わないのが私の主旨。
「やけに重い」は「やけん重い」
「がんこに重い」は「がんこんおんもい」
「京都に行こう」は「京都ん行かまい」
「そこにある金槌とって」は「そこんさあん金槌くりょ」
「に」だけでなく「は」(副助詞)も「ん」になることもある。
「今日は晴れるだろう」は「今日ん晴れるらあ」
「聞くは一時の恥」は「聞くん一時ばかん恥」
「の」(格助詞)も「ん」になる時がある。
「あの子の家に行く」は「あの子ん家ん行く」
「が」(格助詞)も「ん」になる時がある。
「台風がもうすぐやってくる」は「台風んはあちっとしたら来るに」
「今日が締め切り」は「今日ん締め切り」
まあ挙げたらキリがないのでこのへんで。因みに発音的にいうと「ん」というよりも「ぅん」と言うほうが近い。こんだけ色んな格助詞を「ん」にしてしまうので聞き取りは素人には難しいものがあるやもしれぬ。
その2
「ん」。「ない」の代わりに使用する。その1で「に」として使うと説明したがそれとは違う使い方を補足追加。
出来なくする→できんくする
しないで帰る→しんで帰る
脱線するが、「せずに帰る」という「ず」の場合には「なし」を使い「せなし帰る」という風になる。
「買わないで帰る」なら「買わんで帰る」
「買わずに帰る」なら「買いなし帰る」
と変えるのがスムーズである。
では、「に」と「ない」が「ん」になるというのなら
「買わないに越したことはない」を
「買わんん越したこたない」と言うかというとそれはない。
例文(遠州弁では「ん」の連発が小気味良いという感覚がある。)
「うちんゆうこんとんちんかんかもしれんだん なんしょあんたんとこんのだけはホントちゃんとしんとかんて。」
(私の言う事がとんちんかんかもしれないけどとにかくあなたのところのだけはちゃんとしないといけないんだよ。)
「なんでうちんのだけちゃんとしんとかんよを。」
(どうしてうちのだけちゃんとしないといけないの?)
「なんでって他んの見りゃ分かるじゃん。しょんないのばっかだら?」
(どうしてって他のを見れば分かるでしょ。使い物にならないのばかりでしょうに。)
その3
「ん」は「ない」の変形としても使われると言い表してきた。
「ない」→「無い」→「無」→「む」→「ん」みたいな?・・・冗談です。例としては
「来れない」→「来れん」・「やらない」→「やらん」・「そうしないと」→「そうしんと」
といった具合に。まあ遠州弁に限ったことではなくごく普通か。でも徹底してる度合いが強いというのが特徴ではあろう。
例文音声はこちら
では「な」という形もあるか?
「おいでなさる」→「おいでんさる」・「やりなさい」→「やりんさい」・「そうしなきゃだめ」→「そうしんきゃかん」・「そうしなさい」→「そうしんさい」
遠州弁としてはあまりピンとこない言い回しである。でも確証はないが名古屋辺りとか関西方面なら言いそうな気はする。遠州ではまったく言わないと断言はしないが頻度は少ない感じがする。ちなみに遠州弁だと
「おいでなさる」→「こらっしゃる」・「やりなさい」→「やりい」・「そうしなきゃだめ」→「そうしんとかん」・「そうしなさい」→「そうせよを」
とかになることが多い。
つまり遠州弁では「ん」は「な」としての意味使いはしないということなのか。
「侘しい」(わびしい)もしくは「寂しい」(さびしい・さみしい)の訛った表現か。どっちかなのかは微妙。それとも全くの別物か。拠り所たる辞書に記載されていないからさっぱりわからない。
非常に少数部族の訛りなのかどの遠州弁紹介HPにも記載されていない言い回しである。ネットで検索するとちらりほらりとヒットするのでもしかしたら遠州の言い回しじゃないのを私が遠州弁だと勘違いしてるのかもしれないが。
使いどころとしては貧素な状況や勢いを指して言う事が多いのではなかろうか。
「なんか一人で飯喰うなあ見ててわみしいなあやあ」
(なんとなく一人でご飯食べてるのは見ていて寂しいなあ)
ってな感じであろうか。しかし寂しい程切ない感じではなく侘しい程うら悲しくもなくちょうど両方の中間くらいな印象というのが「わみしい」という言葉ではないかという感じがしている。
例文
「お~い。いるけえ。」
(お~いいるかい。)
「いるよを。今飯喰ってるでえ。もうちっとで喰い終わるでえ、まああがりい。」
(いるよ。今ご飯食べてるんだ。あとちょっとで食べ終わるんだ。まあ上がって。)
「お邪魔するにい。あれやあ。きんのうまで喧嘩もんかでみんなして騒々しい食卓だったけど。今日はあれだね、なんか一人でっつうのは見ててわみしいなあやあ。」
(お邪魔しま~す。おや?昨日まで騒々しい食卓だったけど、今日は一人でってのは見てるとなんか侘しいねえ。)
「そうけえ。解放されてわし今ウハウハなんだけど。」
(そうかい?解放されてウキウキなんだけどな。)
「おっかさ子供連れて在所行って気い楽ななあ分かるけどそんなのすぐ終わるにい。」
(奥さん子供連れて実家に行って気が楽なのは判るけどそんな気分直ぐ失せるよ。)
「ちゃっと終わるじゃあそれこそ今楽しまんと。」
(直ぐ失せるんじゃそれこそ今楽しまないとな。)
「訳がない」と言っている。「あっという間だ」というニュアンスが含まれる。
辞書での意味は、容易い・理由がない筋が通らない・たわいない。
「訳ない」だと、やっかいなことがない・手間がかからない。
以上のことから考えると「あっけない」というのではなく「あっという間」・「月日が経つのは早い」とかいう意味使いは方言的といえなくもなかろうと思って記載。このニュアンス使いは遠州弁独特かどうかは定かではないがネットで検索する限りにおいては遠州独特っぽくもあり。
例文
「あそこんさあの家。こないだ作り始めたと思ったらはあ人が住んでるじゃん。建つにわきゃないなあ。あっちゅう間じゃん。最近の家ってこんな早くに出来るだかいやあ。」
「全部が全部じゃないらあ。だってあっちむこうの家同じ頃に建て始めただんまだ建前も済んじゃいんにい。」
「注文と建売りとかとで違うだかいやあ。」
「さあねえ。」
色んな使い方があって共通語的な使い方もする。
*「あっという間」という意味。
「こないだ幼稚園入ったと思ったらはあ中学生けえ。ホントわきゃあないやあ。」
子供を育てる事に苦労がない筈もなく感慨深いということを意味していて「やっかいなことがない」という意味使いでないことは間違いないところである。「わきゃない」よりも「わきゃあない」を使った方が感慨深さが増す。
*「そんな訳がない」・「そんな筈がない」などという意味。共通語と一緒か。
「そんなわきゃない。」
話しがずれるが「そんな筈はない」という場合は「そんなわっきゃない」と言ったりもすることがある。
言葉遊びとして「わっきゃない」と「what can I」が似ていなくもないので後「do」とか「say」とかで日本語っぽいイメージが湧けば空耳で使えるだろうなとは思う。
*「たいしたことない」・「それほどでもない」などという意味。これも共通語と一緒か。
「歩いてってもわきゃないで車で行かんだっていいにい。」
似たような言い回しでは「いくらもない」。「いくらでもない」との違いは「いくらでもない」というのが数値で表わせるような具体的な理屈によるもので「わきゃない」は苦労しないとかしんどくないといった気分的なものであることが多い。まあ辞書の説明にあるようにやっかいなことがないということと同じではあるが。
方言とかではなく俗語だそうで「比較的」とか「割合」とかいう意味であるそうな。昭和30年代あたりに上映された映画から広まったという説明書きをなんかで見た様な記憶あり。造語なのかどうかは露知らず霧の中。「割り方」の変形とも書かれてあったような。辞書では「わりかた」で載ってることが多そうだ。
それ以外の用途としては(あまり変わらないけど)「意外と」・「結構」・「まあまあ」とかいう使い方もする遠州では定着した感のある言葉である。というか「わりかた」なんて言葉使わない。
真面目な時に言いたい場合は「わりあい」を、普段の砕けた感じでは「わりかし」でという使い分けをする人が多い。男女共に使う。
例文
「わりかしいけるじゃん。そう思わん?」
(意外といけるじゃないの。そう思わない?)
「まあの。いけんこたあないの。」
(そうだね。まずいということはないかな。)
「なんか不満?」
(何かご不満でも?)
「そういう訳じゃないだけえが喰い合わせがの。」
(不満ってほどでもないんだけど、どうも喰い合わせがね。)
「別に悪くありもしん。うなぎと梅干じゃあるまいし大丈夫だよを。」
(別におかしくないでしょうに。うなぎと梅干じゃあるまいし。大丈夫でしょう。)
「つうても揚げパンの具がプリンってなんかなあ。」
(そうは言っても揚げパンの具がプリンってのはなあ。)
「いいじゃん別にい。コロネにアイスっつうのもありだで。」
(構わないでしょ。コロネにアイスだってありなんだから。)
補足
「いきなり」を「いきなし」というような系統で「わりかり」とかいうのが元(共通語)かなとも一瞬思ったりもしたのだがそんな筈は勿論なく、元は「わりかた」(割り方)という言葉だそうな。
辞書にも「わりかし」は載っているので遠州弁という訳ではないのだが使用頻度が高いので記載した。遠州では辞書とは若干ニュアンスが異なる「意外と」とか「思ってたよりも」という意味合いで使われることも多い。
例文
「なによを。わりかしいけるじゃん。」
(へ~意外と美味しいじゃないの。)
「だらあ?喰ってみんと分からんもんだってこうゆうなあ。」
(そうでしょ。食べてみないと分からないものでしょうこういうのは。)
「見た目くどそうだんね。」
(見た目はくどそうなのにね。)
「汁真っ黒けだでねえ。」
(汁が真っ黒だからねえ。)
「かきこまぶすのが味噌かもね。」
「味噌じゃないにかきこは。」
「ばかっつら分かってるわっ。」
注、「かきこ」の説明は長くなるので別記事にありますのでご参照下さい。
辞書にある「割り方」の意味は
副詞 俗語 わりに。わりと。わりあい(に)。{俗に割かしとも言う}
遠州でのニュアンスとしては例文を「わりにいける」としてみると「いけそうになかったけどまあまあいける」という勢いであるが「わりかしいける」とすることによって「意外といい線いってる」みたいな美味しいじゃんというニュアンスであろう。
まあまあ<わりに<わりかし<結構<がんこ
とかいったニュアンス順であろうか。遠州弁的にはこういうニュアンス分けがなされているのではなかろうか。
遠州では「わりかた」という言い方はしない。「わりかと」は使わない訳ではないが多勢は「わりかし」かな。