遠州弁を集めています 主に昭和の遠州弁で今は死語となってるものもかなりあります
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遠州弁的言い回し
「やってみい」と「やってみっせえ」の違いを勘繰る。
「そこまで言うんならやってみろよ」という意味使いの場合
「んならやってみい」だと、出来っこないのを自分でやって確認してみろみたいな勢い。
「んならやってみっせえ」では、やれるもんならやってみせてみろみたいな勢い。
「試しにやってみなよ」という意味使いの場合
「ためしいやってみい」は見てるからやってみろみたいな援護する意識を感じる。
「ためしいやってみっせえ」は任せたからやってみなみたいな一任な勢いを感じる。
「そらみたことか」といった意味使いの場合
「ほれみい」は言った(忠告した)通りだろうが、あ~あといった勢いが付加される事が多い。
「ほれみっせえ」は言わんこっちゃない、どうしてくれるんだよみたいな勢いも付加される事が多い。
直訳的には
「やってみい」は「やってみよ」
「やってみっせえ」は「やってみせよ」
となろうか。「やってみなっせえ」は「やってみなせえ」だという勘繰りも成り立つが、そんな優しい?言い方ではない。
「みっせえ」は基本男言葉と思え、女性は「みい」を使うことがほとんどであろう。
遠州弁的言い回し
「漏る」は共通語
では「漏おる」は?
遠州弁と言えるのかどうか、遠州人は普通に共通語だと思っているのだが
よくよく考えてみると
「漏れる」
というのが共通語だよなあと。
この「もおる」だが、「もれる」には「漏れる」の他に「洩れる」・「盛れる」とかが思い浮かぶが
「漏おる」でしか使わないと思える。水とかな液体や煙とかな気体が滲み出す時に使うもので、こぼれ出る(落ちる)ような状況を指す事が多い。
「光が漏おる」とか「秘密が漏おる」とかいう使い方は普通しない。
辞書の「漏れる」の説明には①光・明かり・気体・液体・声などがすきまを通って少しずつ出ていく(入ってくる)。②隠していたことが知れる。③採用されないで除かれる。洩れるとも書く。とある。
②と③の使い方は「漏おる」は普通しない。
①においても声・光・明かりについては使わないと思われる。
要するにあまりよろしくないという状況を指すことが多いのである。
ネットで検索しても見つからないところであるが、遠州でしか使われていないのかどうかは定かではない。というか最初に書いたが遠州人は共通語だと思って使っている。
例文
「物置小屋、雨漏おってるだか知らんが、仕舞っといた本えらいしっけてるやあ。」
(物置小屋は雨漏りしてるんだろうかねえ、仕舞って置いた本がやけに湿気てんだよ。)
「だいぶ古いでなあ。建て替えさんとかんだかいやあ。」
(相当古いからねえ。建て替えしなきゃいけないのかなあ。)
遠州弁的言い回し
「あそこ」を「あっこ」と発す。
遠州独特かは定かでない。
最近は耳にしない傾向にあるような今日この頃。
「あそこ」→「あっこ」
「あそこら」→「あっこら」
「あそこ辺りら」→「あっこいら」
ということになろうか。あまり使わない言い回しなので「あっこら」と「あっこいら」の使い分け(違い)とかはよく分からない。
例文
「あれどこにあるだかいねえ。」
(あれはどこにあるんだ?)
「あっこらへんにあっつら。」
(あそこら辺りにあっただろ。)
「あっこに無いもんで聞いてるじゃん。」
(あそこに無かったから聞いてるんだよ。)
なお、「そこ」・「そこら」は「そっこ」とか「そっこら」とはならない。
普通に「そこ」・「そこら」であるが
「そこ」は「そこんさあ」
「そこら」だと「そこらんさあ」
と発すこともある。厳密には「そこんさあ」は「そこのところ」であるが。
「ここ」・「ここら」は「ここ」・「ここら」で他に言い方は無い(思いつかない)。
遠州弁的言い回し
例えば
「こっちにおいで」
というのを遠州弁にすると
「こっちいきない」
とかになる。
「こっちに」以外にも「こっちへ」という使い方とも言える。
「こっちい」であって「こっちん」と発するかというと、発してるかもしれないが
あまり使わないと思え、基本は「こっちい」であろう。
別に遠州独特というものではなかろうが、普通はこう言うというものなので記載。これを使えば大分遠州弁らしくなる。
例文
「おぉいぃ。持ってきたにい。どこ置くよう。」
(ねえちょっと、持って来たよ。どこに置けばいいの?)
「ちゃっとつかうで、こっちい持ってきて。」
(すぐ使うからこっちに持って来て。)
ちなみに「こっち持ってきて」と「い」を省くと命令・指示とまではいかないが相当それに近い印象を与える。もしくは相当焦って(急いて)いると受け取られる。
「こっちい持ってきて」だと依頼という勢いで、急いでる感は薄い。
遠州弁的言い回し
「ゆいいん」・「ゆいえん」
の逆は何と言う。
「ゆいいん」・「ゆいえん」は「言えない」・「言い得ない」というものである。
「あの人おっかないでゆいいん。」
(あの人は怖いから言えない。)
では
この逆、「言える」という場合はなんと言うかというと
「ゆいいる」・「ゆいえる」
となる。
説明(講釈)するのに「ゆいえる」の方が分かりがいいので「ゆいえる」で説明(講釈)すると
「言い得る」
ということ。
「わしだって、ゆいいるだで、おんしゃだってゆいえにゃかんだあ。」
(俺だって言えるんだからお前だって言えなきゃ駄目だぞ。)
「ゆいいる」は「言う」を「ゆう」・「得る」を「いる」と発しているということ。
「ゆえん」と「ゆいえん」の違いとしては
「ゆえん」は「言えない」と言えという要求に対して拒否してる(無理だという)勢いのもので
「ゆいえん」は「とても言えない」といった言うのに勇気がいるものでその勇気が無いといった勢いのもの。まあ「気後れしてる」といえば済む事だが。
実際使いに於いては「ゆいいる」はほとんど使われない。